『アリババ』『愛の乞食』愛知公演を観劇した話。
大阪の初観劇から2週間。6月のテントから始まったこの2作品も、最後の地である愛知3公演で大千穐楽。3公演しっかりと見届けてきた。
大阪で観たときの感覚はそのままに、お芝居の変化とか気づかなかったことがたくさんあった。大阪初日を観劇したときの備忘録はこちら。
(※今回も思いつくままに書いていくので、たぶんあんまりまとまってないです。)
東海市芸術劇場。初めての劇場。9/18マチネ、ソワレはともに2階席上手側、9/19大千穐楽は1階席前方のセンブロから観劇。
2階席はかなり角度があって、上から見下ろすタイプの2階席。2階席って遠いけど結構好きで、上からしか見られないものがたくさん見える。もちろん今回も同様で、奥行きをしっかり使っていて、舞台の奥の方までしっかりと見えた。
1階席は1桁列だったけど段差もあって千鳥配置だったおかげもあって、人の頭が被ることもなく、ストレスフリーで観劇ができた。
『アリババ』
始まりはオルゴール。場内が暗転しながらこのオルゴールが鳴り響くと、一気にアリババの世界観に入り込んだ感覚になった。切ないような寂しいような、そんな気持ち。冒頭の宿六さんと貧子さんを一瞬だけ照らすスポットライトの演出がすごく好き。一瞬しかないその瞬間に2人がなにか会話をしているような、笑っているような、仲睦まじい瞬間が見えた気がした。
次に舞台が明るくなると、怒涛の会話劇。宿六さんはずっと馬を追いかけた話をしているし、貧子さんは宿六さんに「ほんで?」とずっと問いかけている。(貧子さんの「ほんで?」のバリエーションたくさんあって、ちょっとおもろかった。)
大阪のときはここの2人の怒涛の会話に圧倒されていたが、2階席からだと全体が俯瞰で観劇することができた。
宿六さんは相変わらず縦横無尽に舞台上を裸足で駆け回っていて、途中とてつもないジャンプ力を発揮して馬の話をしているし、貧子さんは宿六さんの馬の話を聞きながら内職したり、ギターを弾く宿六さんの周りをくるくる回ったり、縁側(?)に座って足をぷらぷらさせたり。
宿六さんと貧子さんは夫婦なのは会話の流れとか暮らしている環境下でなんとなく分かるが、時々貧子さんが母親みたく宿六さんに接していて、親子のようにも見える部分があったりする。そう思うのは、宿六さんが小さな子どもみたいな口調で貧子さんに問いかけるセリフがあるからなのかもしれない。涙について問いかけるシーンはまさにそうだった。貧子さんが宿六さんを膝枕させて頭や頬を撫でるところは、正直夫婦というより、母と子のように見えて仕方なかった。
馬の嘶き、雨の音、ブランコが軋む音。これらの効果音の使われ方が秀逸で、どんなに別の話をしていても会話の途中でこの音が聞こえたら、宿六さんの意識が一瞬で変わる。表情、声色、しぐさ全部。改めてすごい役者だなとも思うし、演出もすごいなと思う。
前半はとにかく宿六さんがメインで、貧子さんはあくまでも聞き役で宿六さんの母親的な立ち位置にいる。でも老人が英子の手を持ってきたあたりから、メインが貧子さんに変わっていて、母親的な立ち位置ではなく、母親としての姿が描かれていると感じた。貧子さんが母親のように見えるのとは反対に、宿六さんに関しては何も変わっていなくて、老人から“馬が来る”と聞かされてむしろワクワクしているようなそんな風にも見えた。この貧子さんと宿六さんの対比が、母親になる女性と父親になる男性の違いみたいなようにも思えて、どこか他人事には思えなかった。
児が出てくるシーンや子宮虫が馬を連れてくるシーンは、音楽はもちろんだが照明が上手く使われていて、何が来るんだ?!みたいな雰囲気が漂っていた。
児に囲まれている宿六さんは、なにがなんだか分かっていないような背中をしていて、戸惑いが背中から伝わった。貧子さんにへその緒と称した鎖が繋がれると効果音も相まってますます怯えているようにも見えた。個人的にこのシーンがはなにかを訴えられているような気がして、このあたりからもう涙が溢れて止まらなかった。
そこからはもう涙なしには見れなくて、最後幕が降りるまでずっと泣いてた。チムチムチェリーの音楽がずっと頭の中を鳴っていて、終わり方もやっぱり圧巻だった。終わったあとも放心状態で席を立ってからもずっと音楽が頭の中で鳴ってた。
『愛の乞食』
これも始まり方が好き。幕間に鳴っていた救急車のサイレンや街中のざわつきの音が徐々に小さくなって、低音の歌声が響く感じ。その歌声を聴きながら暗転して始まるのが好きだった。この歌声と対照的に、明かりが付くと始まる田口さんとミドリのおばさんとの掛け合いが始まる。なよなよ田口さんと癖の強いミドリのおばさん。大阪公演と同様アドリブ満載でたくさん笑わせてもらった。
万寿シャゲやチェ・チェ・チェ・オケラが出てきてからは現代なのか満州の時代なのか曖昧な世界線で、色んな考えが頭の中をぐるぐるしていた。
アリババと違って公衆便所、豆満江、また公衆便所と場面転換が何度もあって、その全てが違和感なく行われていて、その間も転換を感じさせないようにお芝居が繰り広げられていて、海賊たちの会話の補填がされているように感じた。
やっぱり田口さんから一本足の憲兵さんへの役の振り幅がすごくて、毎回圧倒させられた。憲兵さんは目が見えないから、だからこその手の動きとか顔の動き、表情が凄まじくて、改めて何なんだこの人…と思うなどしたり。
最後のシーンで警察官が出てきているから、最後は間違いなく現代の世界線なんだけれど、田口さんが“海賊だ”と発したあたりからまた世界線が分からなくなった。そこからクライマックスまではもう怒涛の展開で、水を浴びて足を切られてシルバーの魂が乗り移ったように見えた。ラストシーンはなよなよした田口さんではなく、間違いなくシルバーだった。
プロジェクションマッピングで波が映し出されて、船の頭が見えるともうそこには万寿シャゲとシルバーしかいなくて、圧巻の終わり方だった。
まとめ
アリババが好きすぎて、内容の差が明らかで申し訳なさすぎる。2作品を理解しようと思えば思うほど、頭の中がごっちゃになってしまった。大阪のときも今回の愛知も、アリババで放心状態になってしまって、愛の乞食は前半と後半で感情の乱高下が激しくて、あまり考えが纏まらなかった。それでもテント公演を経て、また唐さんの作品の世界観を体感できたことは、やっぱりすごく良い体験だったと思うし、もっと演劇を理解したいと思えた。
今回の愛知が大千穐楽公演だったこともあって、公演を経ての安田くんからの言葉も受け取ることができて、改めて彼のお芝居、彼のお芝居が作り出す世界観にもっと触れたいと思った。きっと知らない世界にまた連れ出してくれる、そんな気持ちになった大千穐楽だった。
おわり。
