政治学において運命とは何か?運命に対してどう抵抗したら未来は変えられるのか
いま、マキャベリ(イタリア語でマキャヴェッリ)の禁書、君主論を読み返しています。
☆☆☆
あと1本くらい記事が書けるかもしれません。
今回は2番目に大切だと思った「25章 運命への抗い方」について、見ていきます。
ちなみに、一番大切な「15章~18章 人間の本性」についてはこちらをどうぞ!
【運命について】
マキャヴェッリから見て運命とは河川であり、濁流のことを指します。
人間は河川が氾濫すると流れに身を任せて(今まで通り)に、生きていく他はありません。
わたしは昨年度1ヶ月交通事故で入院しました。
病院では看護師さん、医師、清掃員、手術室も含んだ機材整備士と、職業別に業務と労働時間が分別されていました。
看護師は、深夜でもナースコールに駆けつけねばなりません。
よって看護師さんだけは24時間体制での2勤制で仕事をされていた。
お医者様は外来が午後5時30分で終わり、夜7時には帰宅されていました。
お医者様の仕事(患者への治療行為・手術時の執刀、麻酔注入・投薬・診察・処方)は、お医者しかやってはいけない行為です。
逆に、看護業務は看護師さんだけが取り行う業務。
血圧の測定、点滴針の注入管理、注射、服を脱がせたり足の石膏を固定する際の治療補助。
これらは看護師資格を取得した者しか許されません。
そして清掃員(掃除以外の業務をしてはいけない)、機材整備士(看護、治療業務をしてはいけない)と、日本の病院は、労働が階層化されています。
マキャヴェッリは運命は50%だと説く。
そして運命に抵抗するとは、強靭な橋の建設のことだと言う。
あなたは医者になりたい高校生であったとする。
あなたの偏差値は55だ。
このまま運命の濁流に流されるのであれば、あなたは偏差値が高くないから医学部は受験できず、出来たとしてもすべて落ちるため、あなたの運命は看護師となる。
しかし、もしあなたが流れに身を任せる人生を、嫌悪したとする。
あなたは偏差値が55しかない。
けれども医学部に合格し医者になりたい。
ならば濁流に飲み込まれる(3年後の大学受験こそがあなたにとっての濁流だ)、までに、強靭は橋を3年間掛けて建設しなければいけない。
河川が氾濫する3年前から偏差値をあと7上げ、偏差値62にする勉強をいまから開始しなければならない。
そうすることで医学部受験に備えよ。
運命に抗うには河川の氾濫のずっと前からコツコツと準備し濁流に飲み込まれない強靭な橋を運命の日(医学部受験日)前に、建設する事に他ならない。
これがマキャヴェッリの言う運命に抗う方法です。
病院で見てると明らかに頭の良い看護師がいます。
彼女は勉強をすれば医学部合格ラインの偏差値62へ行っただろうと推察できる。
もちろん本人は看護師になりたかったため満足しているのかもしれない。
ただ、3年制の看護学校を出たら、もうその子がどれほど頭が良かろうとも一生看護業務しかできない。
看護師になったら看護師の仕事が一生続くし、医師になったら高所得である治療行為を一生できる。
15歳の子、または18歳の高校生らは、日本社会というものは学歴社会であって、職種と労働が階層化していて一生覆られるものではないということを理解せず社会に出てしまう。
僕の可能性とか努力とか頑張るとか言ってしまう。
そして30歳すぎになって社会のルールを理解する。
でも、もう遅い。
子どもに労働と職能は一度選んだらそれがフラットだと、ベテラン看護師だからって医者の治療行為をすることは一生許されないのだと知っておいてもらいたい。
職業は階層化しておりその階層によって予め賃金の上限と下限が決められている。
これが日本社会です。
看護資格を持っていない清掃員は低賃金だし、看護業務ができる看護師は彼らよりだいぶ高賃金だし、治療行為を行える医師はさらにずっと高賃金でありこれらを選択するのが我が国では18歳のとき。
ということを知っておいてほしい。
マキャヴェッリの運命に抗うとはこういうこと。
次、「時勢」について。
優秀な君主はどの時代にもいます。
でも、優秀であり続けることは難しい。
ある優秀な君主が時勢が読めずいまのままである場合、よく国を滅ぼすことがある。
なぜでしょうか?
なぜなら時代は変遷しているためです。
最強の歩兵部隊を編成した名君がそのままの強さであり続けると、騎兵隊を編成した新たな国の君主に滅ぼされるし、河川が多い地域では歩兵や騎兵での戦場で弓兵海軍を投入した新規の君主がその地域一帯を制圧し新たな時代を築く。
時代は絶えず変遷している。
人は、時流に乗らなければいけない。
過去の成功法則(歩兵での勝利)は、現在では全く役に立たない。
平成の最後の方まで日本テレビの大晦日の特番はダウンタウンのガキの使いやあらへんで!笑ってはいけない。でした。
でも、いまはもう令和です。
ガキ使のように人を殴ったりビンタしたり頭を叩いたり、明石家さんまさんはよくワールドカップの司会者をやっていましたが、選手のことをアイツ、お前と読んでいましたし、とんねるずのおふたり方は「いじり」と称して新人芸人を蹴り飛ばしたり殴ったり顔面にパイをぶつけたりしていました。
昭和から平成の後期まではこれがテレビユーザーにウケていた。
でも、令和の時代、この大御所のほとんどがテレビ番組から姿を消しました。
仕事を失ったためです。
ワールドカップでは本田圭佑さんが自分より10歳も年下の鎌田大地選手のことを鎌田さん、キャプテンの遠藤選手のことを遠藤さんと呼びます。
令和は繊細な時代です。
人と人との心が、距離感が遠いですし、土足で人の心に踏み込んではいけない。
ここで仕事をゲットできた人、各局から引っ張りだこの本田圭佑さんは他人への思いやりや配慮や年下でもプロのサッカー選手たちに敬意を払っています。
距離感を取っています。
もう一人サッカー解説で引っ張りだこなのは柿谷曜一朗さん。
元々はジーニアス(天才)と呼ばれ選手時代はとても傲慢だった人です。
だけど、解説者としてはとても真面目で、試合前に相手選手の特徴や所属クラブや利き足や得意なプレイスタイルなど全てを、しっかりと事前に勉強している人です。
繊細で優しくて真面目が令和で仕事を多くもらえる人ですし、令和はそういう時代です。
noteで1,000ユーザーに一人くらい、ブルーカラーのガテン系で国家資格を複数種類持っていて年収1,500万円超で、趣味は筋トレのマッチョな方がいます。
元教師の解体業者という方もお見かけしたことがあります。
とても楽しそうに人生を謳歌してる笑顔の人です。
人手不足。
特にブルーカラーはそうで賃金が上昇をし続けています。
1970年代初頭ホワイトカラーが人手不足で東京の上野駅には高卒のサラリーマンになる18歳学生が溢れ返っていたのと同じで、いまはブルーカラーが不足しています。
令和という時代は、人の心を大切にした優しくて距離感を理解できて(さん付けできて)、繊細で、そして筋肉隆々なブルーカラー労働者がおらず、不足し、彼らの賃金が上がり続ける。
マキャヴェッリの言う時勢に乗るは、令和ではこれを意味します。
(おしまい)
