推しの光、私の影 第二話
「また会えるなら…」
いつのまにか、もう朝だった。
カーテンの隙間から入り込む細い光が、床に白く伸びている。
私は布団の中で、ぼんやりと天井を見つめていた。
眠った気が、まったくしない。
でも、夢の感触だけは、指の先まで残っていた。
ライブ会場。17歳の美月。
紙コップの温もり。
そして「 ……やっと会えた 」あの言葉が、
胸の奥でモヤモヤと熱を持っている。
夢だったはずなのに。
指先だけが、まだ温かい気がした。
私はゆっくり体を起こした。
テーブルの上には飲みかけの水と睡眠薬のシート。
昨日より、薬が減っている。
当たり前のことなのに、なぜか妙に怖かった。
また眠れば、会えるのかな。
そんな考えが頭を離れない。
スマホを見る。午後二時を過ぎていた。
通知は何件か来ていたけれど、開く気になれなかった。
代わりに動画アプリを開き、「美月」で検索した。
古いライブ映像が次々と表示される。
25年前の夏。夢で見た衣装と同じだった。
画面の中で美月が笑う。
『 みんな、大好きー! 』
昨日と同じ声、同じ笑顔、同じ瞳。
そして次の瞬間、画面越しなのに
一瞬だけ、美月が私を見た気がした。
背筋が氷のように冷たくて震える。
私は慌てて動画を止めた。
部屋が静かになる。
時計の秒針だけが、小さく響いていた。
おかしい。ただの夢じゃない。
そんな考えが浮かんだが、すぐに打ち消す。
疲れてるだけ。薬のせいかもしれない。
そう思おうとしても、胸のざわつきは消えなかった。
夜。
私はまた、睡眠薬を手に取っていた。
小さな白い粒。
昨日までは「 眠るための薬 」だった。
でも、今は違う。
大好きな美月に会うための鍵…
そう思ってしまったことに、自分じゃないように感じた。
小さな白い粒を水で飲み込み、暗い天井を見上げる。
胸がうるさく語りはじめる。
会いたい。
もう一度だけ。
あの場所へ。
意識が、ゆっくり沈んでいく。
誰かが走っている。
足音、スタッフの声、まぶしい照明。
気づくと、私はライブ会場の裏側の細い通路に立っていた。
「 ……来てくれた 」
声がした。
振り向くと、美月がいた。
ステージ衣装のまま、少し息を切らしている。
「 昨日、急にいなくなるから心配したんだよ? 」
心臓が止まりそうになる。
昨日。
今、昨日って言った?
夢なのに。
続いている。
私は唇を震わせた。
「 ……覚えてるの?」
美月は不思議そうに瞬きをした。
「 覚えてるって……? 」
その瞬間、視界の端で白い光が揺れた。
『 繰り返しては、いけない 』
頭の奥に、あの声が響く。
美月が私の顔を覗き込んだ。
「 大丈夫?」
近い。
シャンプーのような甘い香りがした。
私は胸を押さえる。
推し神さまの言葉が離れない。
でも、それでも。
会えてしまった。
美月が、ここにいる。
彼女は小さく笑った。
「 ねえ。今日も少しだけ、付き合ってくれる? 」
会いたいな。
でも、このまま会い続けたら、何かが壊れそうな気がした。
あとがき
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
1話のあと、「 あの温もりは消えてしまうのだろうか 」と考えながら、この2話を書きました。
夢の続きを見てしまったとき、人はどこまでそれを「 ただの夢 」だと思い続けられるのか。
会いたい気持ちと、このままでは何かが変わりそうな予感。
その両方を静かに置いてみたつもりです。
推しがいてくれることで、今日を越えられる日があること。
その尊さを、否定せずに書けていたら嬉しいです。
もし「 続きを読みたい 」と思っていただけたなら、とても励みになります。
少しでも、あなたの推し活や毎日が、あたたかく優しいものになりますように。
「 また会えるなら 」その願いが、誰かの心に少し残りますように。
推しの光、私の影 第一話 紙コップの温もり
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