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自作小説 「また、あの酒場で」 第8話 『衝撃』

 ツカツカと踵を打ち付けながら歩む主を追い、件の連中へと近づく。卓ふたつ分程度まで距離を詰めると、主は開口一番、言い放った。

「何よ、人間じゃないの! あんまりにも湿気ってるもんだから、マイコニドが迷宮から這い出て来たのかと思ったわ!」

 途端、ギルドに居た数人から笑い声が上がる。この数日で主が顔を繋いだ探索者たちだ。

「いいねぇ、ロッテちゃん! 先輩風吹かせてんねぇ!」
「お前らだって新人だろぉ? マイコニドを見たことあんのかぁ? あ、そこにいるか。はははっ!」
「五月蠅いわね! 私たちもさっき迷宮から帰ってきたんだから! すぐに一人前だって言わせてやるわ!」

 揶揄する声を主が笑顔で一蹴すると、強面どもも破顔する。柄は悪いし顔は厳ついし、言葉も汚いが根は悪くないらしい。ロッテと気安く愛称で呼ぶのはまだ引っ掛かるが、当の主がそれを許しているのだから吞み込むしかない。
 沈みこんでいた連中は、周囲の様子から自分達が笑われていると気づいたのか。青年が椅子を蹴倒さんとばかりに立ち上がりかけるが、背後の老爺がその肩を押さえて止める。
 存在感の薄い少女が青年を庇うように音もなく前に進み出た。いや、進み出ていたと言った方が正しい。彼女がいつ動いたのか、気付けなかった。

(……かなりの手練れだ)

 警戒を最大まで引き上げる。

「落ち着きなさい。ここは迷宮都市だもの、腕利きくらい居るわ。それに、彼女の間合いではないでしょう?」
「……は、申し訳ありません」

 主がこの場で足を止めたのは、ここなら仮に何かあっても私が間に入れるから。そういうことをしれっとやるのだ、この姫は。心臓に悪いのでやめて欲しい。
 私の内心など見透かしているくせに、素知らぬふりの彼女は、平気でその間合いを踏み越える。危険はない、と判断したのだろう。そろそろ心痛でぶっ倒れるかもしれない。
 相対した少女は一瞬迷ったが、大人しく青年の脇に控えた。去り際、なんだか気の毒そうにこちらを見やった気がする。解せぬ。
 主は彼らの卓まであと一歩というところまで近づくと、彼らを順に見回し、最後にもう一度青年に目を留める。

「ふうん。やっぱりね。……おーい、エマさーん! 奥の談話室、借りるわよー!」
「あ、はい! 今は空いてますけど、何に使うんです?」
「こいつらに探索者としての訓示を叩きこんでやるのよ! あんたたち、来なさい!」

 何かに納得した主は、そう言って彼らの返答も待たず、背すら向けて歩き出す。向かう先はギルド受付横の通路奥、談話室。最初に職員に説明された限りでは、依頼主との交渉等に使うらしい。他にも色々あるが、要は人目を避けて話すときに使うのだろう。

「おいおいロッテちゃん、美男子と談話室って、そこは連れ込み宿じゃねえんだぜ?」
「今度俺たちのマイコニドも世話してくれよ!」
「アンタらが彼と同じくらい美形になったら考えてあげるわよ!」

 ギルド酒場からまた大きな笑い声が上がる。主は意にも介してないし、冗談だとも解ってはいるが、この品の無さはどうにかならないものか。
 やるせない思いを苦い顔に隠しつつ、違う理由で同じ様に苦い顔をした彼らに声をかける。

「あなた達にも事情があると思いますが、話をする気があるのなら談話室までおいでなさい。ひ、ゴホン。リーダーは悪いようにはしないでしょう」

 それだけ伝えると、私も足早にその場を去る。主を談話室の前で待たせているのだ。追いついた私が扉を開け、中を確認する。長椅子が二脚、座卓を挟んで置かれている。人の気配はない。
 主を招き入れ、入れ替わりに扉の前に立つ。ややあって、例の青年達もやって来た。中心の彼だけはまだ戸惑った様子だが、背後に控える二人は平然としている。

「ノイシュです。彼らが話をする気になったようです」
「入りなさい」

 許可を得て、彼らを連れて部屋に入る。護衛役らしき少女は扉の外に立つようだ。あまり広くない部屋なので、正直彼女が外に居てくれる方が落ち着く。ホストである主は席につかず、立ったまま彼らを出迎えた。

「いらっしゃい、奥の席へどうぞ。外に居る貴女も、中に入りなさい」
「いえ、私は……」
「いいから入りなさい。外じゃ話も聞けないでしょう。内側であれば、入り口に立つことを許すわ」

 主が強い口調でそういうと、彼女は渋々入室し、扉の脇に控えた。退路を塞がれた上、彼らに奥の席を勧めたということは、私たちは挟まれた形になる。本当に姫様は私にやさしくない。
 青年が奥の長椅子に腰を落ち着け、老爺が青年の背後に控える。同じ様に対面の長椅子に主が腰掛け、私はその後ろに就いた。

「では、話を聞きましょうか。その前に自己紹介ね」

 平時と変わらぬ主の声。対して、正面に座した青年はまだ視線を彷徨わせている。老爺は柔和な笑顔の仮面の奥、眼だけでこちらを観察しているのが解る。背後の少女は見えないが、そちらからの射るような視線を感じる。
 もし彼らが何か無作法な真似をするなら、全力で主を護らねばならない。私は全神経を彼らの一挙手一投足に集中させる。だからこそ、油断した。

「お初にお目通りいたしますわ、エルドリック殿下。わたくしはシャーロット。正しくはシャルロッテ・シュルト・フォン・マリエンヴァルト。マリエンヴァルト王国第七王女で御座います」

 歓喜の衝撃が身体を走り抜ける。こういうこともしれっとやるのだ、この姫は。本当に心臓に悪いのでやめて欲しい。
 思わず膝を屈したくなってしまうではないか!


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