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自作小説 「また、あの酒場で」 第9話 『諮問』

 落雷のような衝撃から真っ先に立ち直ったのは、主の行動に慣れている私だった。いや、背後の少女も動揺した様子はない。少なくとも、今は。一拍遅れて老爺が平静を取り繕い、青年……主の言葉通りならエルドリック王子殿下は、何とも言えない面白い顔をしていた。気持ちはわかる。

「な、何故隣国の王女がこんなところにいる!?」

 動揺したまま口をついてしまったのだろう。老爺が窘めている。

「殿下、非礼で御座いますぞ。名乗りを返さなくては」
「あ、ああ。すまない、シャルロッテ姫。私はエルドリック・ド・アスタレア。この国の第三王子だ」

 そうして握手を交わす。略式とは言え形通りの挨拶をこなしたからか、幾分か落ち着いたようだ。

「ええ。丁寧な名乗りを有難う存じます」

 主はにっこりと微笑むと、頬に手を添え、こてんと小首を傾げた。

「では、まず先の問いに答えましょうか」

 そこから語られたのは、マリエンヴァルトを知る者なら、自国の民から他国の貴人まで有名な話だ。エルドリック殿下も御存じだろう。
 現国王カールマンはなかなか男児に恵まれず、多くの側室を抱えていた。シャルロッテ様にも妹君がお二方いらっしゃる。尽力の甲斐あって、十年前、待望の御世継ぎがお生まれになられた。シャルロッテ様も、初めての弟君を大層溺愛なさっていらした。
 しかし、二年前の事だ。かの王太子殿下は、あまりにも唐突に身罷られた。流行り病によって、あっさりと。
 陛下は大層落胆され、第四までの王女殿下方は既に他国へ嫁いでいた。確か、エルドリック殿下の兄君に嫁いだ姫もいらっしゃったはず。
 後継者選出は難航し、有力な公爵家から養子を迎えるかというところまで話が進んだのだが。

「わたくしに戴冠させれば良いのではないか、と宣う愚かな方がいらっしゃいましたの」

 ほう、と悩まし気な溜息を零し、睫を伏せて。

「陛下はまだご壮健で御座います。そうでなくとも、未婚の姉上がおりますし……。公爵家のご子息にも、才気溢れる方はいくらでもいらっしゃいますのに」

 主は王子から顔を逸らし、眦を軽く拭う仕草を見せる。その姿は、祖国を憂う深窓の姫君そのもので。

「申し訳ございません。恥ずかしいところをお見せ致しました」
「そんな、シャルロッテ姫! 其方は悪くはないではないか! 責は、其方を担ぎ上げようとした……」

 エルドリック殿下が哀しみに暮れる主を気遣うが、私には判る。あれはウソ泣きだ。

「ええ、その通りですわ! わたくしは悪う御座いません! 悪いのは聡明すぎるわたくしに丸投げしようとした、お父様です!」
「え……? は? ……えっ??」

 わかります、王子殿下。耐性が無いと衝撃がすごいでしょう。
 老爺は顔を伏せている。ぷるぷる小刻みに震えているのは笑いをこらえているのだろうか。私も盛大にため息を吐きたい。背後の少女に目をやると、視線が合った瞬間逸らされた。姫様すごい。

「そんなわけで、後継者争いのいざこざに巻き込まれたくないわたくしは、行方を眩ませることにしたのです」

 長椅子に深く腰を掛け、足を組んで、背もたれに肘すら掛けてみせる。先ほどまでの楚々とした雰囲気はどこにもない。意志の強い瞳を瞬かせ、口元には不敵な笑み。王女様というより女王様だ。陛下の眼は正しかった。

「さあ、わたくしの事情は話しましたわ。次はそちらの番でしてよ?」
「あ、あぁ……」

 有無を言わさぬ視線と口調。姫に気圧された哀れな王子の語った言葉は、次のようなものだった。
 父王の容態を気にもかけず、エルドリックの決意を笑い飛ばす兄姉たち。病床の父王からは放任され、迷宮都市で探索者に声を掛ければ、一蹴される。なんだか背中がむず痒くなってきた。騎士家の男子相手に英雄ごっこをしていた子供の頃の自分を見ているようで、思わず視線を逸らしてしまう。

「そしてつい今しがた、高名な傭兵であるギデオン殿に声をかけたのだが」

 王子は一息つくと、肩を落として自嘲するように呟く。

「周りが見えてないと言われ、途方に暮れていたというわけだ。持ち帰るとは言ってくれたが、あの様子では……。こちらが何らかの解答を用意せねば、断られるのだろうな」

 顔も知らない傭兵殿に感謝の念を送る。世の中は子供のごっこ遊びが通用するほど甘くないのだ。

「良う解りました。色々と申し上げたいことは御座いますが、それはわたくしが述べる事ではなく殿下がご自身で気付くべき事」

 私が気付いていることに姫様が気付いていないはずがない。それでも彼女は沈黙を選ぶようだ。彼の王子に何か見出したのかもしれない。
 主は少しだけ思案気に小首を傾げ、背筋を伸ばして王子を真っすぐに見据え、厳しい口調で問いただす。

「殿下、僭越ながらお聞きしとう存じます。貴方は、迷宮の奥深くで絶体絶命の危地に陥った時、どうなさいますか?」
「質問の意図は解らぬが、勿論足掻くさ。例え一条の光でも、諦める理由にならぬ」
「そうで御座いましょうね。ご立派な心意気と存じます。ですが」

 彼の返答に主は何の感慨も見せず、ただ頷きを返す。続く言葉はもうわかっている。

「それでは、駄目なのです」
「そんな、では其方ならどうするというのだ!」

 勿論、その解答も。解っているから、私はここに居るのだ。

「彼女に死んでいただきます」

 主の掌は、私を指し示していた。


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