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自作小説 「また、あの酒場で」 第10話 『覚悟』

 言われた意味が解らなかった。思考を空白が支配し、次に生まれてきた感情は義憤だった。立ち居振る舞いを見ても、彼女はシャルロッテ姫に心酔する、忠実な配下であるはずだ。

「何故だ! 何故、軽々しくそんなことを言える!」

 思わず声を荒げてしまう。目の前の、自分と歳の変わらぬ姫が、表情を変えず此方を真っすぐ見据える姫が、恐ろしかった。死んでもらうと言われた護衛も、さも当然と言った風情だ。誇らしげですらある。彼女たちの間にある何かが、何よりも恐ろしかった。

「あら、軽々しくなんて御座いません。わたくしは彼女、ノイシュだからこそ死ねと命じられるのです」
「話が通じぬ! それでノイシュ殿に死なせて、其方はどうするというのだ! 逃げるのか!?」
「ええ、そうですわ。彼女ならば、例え一分でも、一秒でも長く時間を稼いでくれます。退路が無ければ、ほんの一歩でも先へと血路を切り拓いてくれるでしょう」

 姫は薄く微笑みすら浮かべていた。冷酷という言葉すら生温い。腹の中に重い物でも流し込まれた心地だ。

「そんな時こそ、皆が力を合わせて切り抜けるべきではないのか!」

 彼女の言葉が呑み込めず、私は必死に反論を述べる。だが、彼女の表情も、纏う雰囲気も変わらない。

「協力することで切り抜けられるならば、それは試練でありましょう。絶体絶命の危地とは言いませぬ」
「ぐっ……」

 言葉に詰まる私に、彼女は諭すような、優しい声で語り掛ける。

「良いですか、殿下。わたくし達は、わたくし達の意志とは関係なく、死んではならぬのです」
「それは……どういう……」

 まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるような声音で。

「わたくし達が死地に立てば、わたくし達以外の誰かが死にます。例えば、そちらのご老人」

 ハッとして後ろを振り返れば、ガレンが穏やかな顔で頷いた。続けて姫は、扉の前に居るサクラに視線を送る。

「例えば、あちらにいる彼女」

 サクラもガレンと同様に、ただし感情を見せぬ無機質な表情で、ほんの僅かに頷く。

「わたくし達が足掻けば足掻くほど、死にゆく者が増えましょう。故に、わたくしは彼女に死ねと命じるのです」
「其方は。其方は私に、配下を死なせる覚悟を持てと言うのか……?」

 姫はゆるりと首を振り、大切な物を胸に抱え込む様にして、少しずつ言葉を紡いでゆく。

「勿論、それも必要な事です。覚悟無く死なせれば、悼む事なら出来ましょう。覚悟を持って死なせたならば、死から学べましょう。ですが、それでは足りないのです」

 抱え込んだ物を私に譲り渡すように。

「わたくし達は、そうならないようにしなければならないのです。誰も死なせぬよう、なにも失わぬよう。あらゆるものを想定し、あらゆる準備を整えて」

 強い光を宿す眼差しで。

「わたくし達が不幸になれば、誰かが傷つきます。だからわたくし達に必要なのは、不幸にならない覚悟です。それが、わたくし達の立場なのです」

 何も言い返せない。いや、言い返したいことは山ほどあったが、どれも軽い言葉のような気がしてしまう。

「不幸にならない、覚悟……」
 
 彼女の言葉を口に出してみる。まだ、全て理解できたわけではない。ただ、何かとても大切な事を教えられた気がした。整理のつかぬ感情を持て余しながら、それでも王族としての矜持だけで言葉を絞り出す。

「……感謝するよ、シャルロッテ姫。まだ答えは出ないが、答えが見つかるその日まで、其方の言葉を忘れぬと誓う」
「ええ、それで構いません。もう、この仮面も必要御座いませんわね」

 次の瞬間、まるで部屋に風が吹いたかのように空気が変わる。目の前の彼女は、もうマリエンヴァルトの第七王女ではなく、探索者シャーロットになっていた。
 何も変わってないのに、王女から少女へ。全くもって恐ろしい。しかし、その恐ろしさは腹の底から笑いがこみ上げる恐ろしさだ。

「それでは御前を失礼するわ、エルドリック殿下。御身の立場を利用する気が無いのなら、交換するのがお勧めよ」

 彼女はそう言って、自分の胸元をトントンと叩く。参った。私の外套の留め具は、アスタレア王家の意匠だ。こんなことすら失念していたとは、どれだけ余裕が無かったのか。
 茶目っ気たっぷりに片目を瞑って、ひらひらと手を振る少女に少しだけ授業料を払っておくとしよう。やられっぱなしは癪だから。

「エルドリックで構わない。敬語も要らないよ。迷宮では、皆平等なのだろう? ……シャーロット」

 考えなければならない事は山ほどある。ガレンや、サクラと話すべきことも。それでも、何を話せばいいかは朧気ながら見えて来た。私は今、自然な笑顔が浮かべられていることだろう。その証拠に。

「そうよ! 王族だからって、迷宮は遠慮なんてしてくれないんだから! 良い探索者になりなさいよ、エルドリック!」

シャーロットは、満面の笑顔で応えてくれた。


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