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自作小説 「また、あの酒場で」 第1話 プロローグ 『交差』

 迷宮都市アストラルク。

 市壁によって切り分けられた内と外を繋ぐ通用門は、今日も人の行き来が絶えない。
 有力商会の隊商や零細行商人の馬車が行き交い、命知らずの探索者が、今日も甘い夢を見て迷宮に向かい、そして帰還する。

「はー、やっと帰って来れたわ! もうお腹ぺっこぺこ!」

 少女は重い足を引きずりながらも、一日遊び疲れた子供のように満足気な笑みを浮かべていた。
 帰ったら何食べようかな、なんて暢気に鼻歌まで歌いつつ、くびれた腹を撫でている。

「姫様、はしたのうございますよ」
「シャーロットでいいって言ってるじゃない、堅苦しいわね!」

 やれやれとため息を吐くのは、少女の隣を行く女性だ。呆れを滲ませながらも、少し安堵の色を見せていた。

「まあまあ、姫さん。ノイシュ嬢ちゃんにもお役目があんだ、解ってやんな。それより戻って酒場でメシにしようぜ」

 一歩後ろを歩くのは、軽薄な笑みを浮かべる無精髭の男。すっかり気を抜いているように見えるが、目だけは注意深く辺りを観察している。

「マエル、良いこと言うじゃない! 補充や換金は明日でいいわね。報告を済ませたら、まずは宿でサッパリしましょ! あんたたちも、それでいいわね?」

 シャーロットはこの後の予定を組み立てつつ、少し遅れて後ろを歩く二人へ声をかけた。

「はい。今回は予定外が重なりましたから、疲れましたね。ほらシルヴィ、もうちょっとだからしっかりなさい」
「ありがと、ルゥ姉。ふぁぁ、水浴びしたら寝ちゃいそう……」

 中性的な面差しに長身のルゥと、小柄で幼さを残したシルヴィ。二人とも声に疲労を滲ませてはいるが、その顔は晴れやかだ。
 まるで姉妹のように寄り添う二人を見て、シャーロットは微笑ましそうに目を細めた。

「それじゃ、ギルドに……。あら?」

 通用門をくぐった先、噴水広場の雑踏と肉串の匂いの先に、見知ったパーティが居る。相変わらず、綺麗なお仕着せを着ていて、よく目立つ。

「やあ、シャーロットと『プリンセスガード』の皆さん。……今日はなんだかボロボロじゃないか?」

 青年は軽く右手を上げ、声を掛けてきた。顔見知りの同業者に、シャーロットも気安い様子で手を振り返す。

「エルドリックじゃない。『カウントステップ』はこれから?」
「ああ。君たちが予定より遅れてると聞いたから心配したよ。何かあったのかい?」
「それが聞いてよ。途中で床が抜けちゃって、下層に落ちちゃったのよ。散々だったわ、食料も駄目にしちゃったし、迷宮の中でご飯も無しに野営したのよ!」

 エルドリックは、目を真ん丸に見開いて、息を飲んだ。
 幸い彼らは経験していないが、こういうことはたまに起きると聞く。熟練のパーティが、それで壊滅したこともあるらしい。

 彼の背後に控えていた老武人が、己の禿頭を摩りながら、気遣わし気に口を開く。

「それは、大層難儀しましたな。我らも気を付けねばなりませんなぁ」
「ありがと、ガレン爺さん。サクラにも心配かけたわね」

 その言葉に、エルドリックの傍らに佇む影のような少女も、こくりと頷きだけを返した。

「ひとまず大事なかったようで何よりだよ。君たちが居なくなると、僕たちも張り合いがないからね」
「ありがと、お互いにね。それじゃ、うちは先に失礼するわ! 何かお腹に入れないと、空きっ腹じゃお酒も飲めないわ!」

 いつもより少しだけ疲れの見える笑顔で、ひらひらと手を振って別れを告げる。
 エルドリックも手を振り返し、背を向けて歩き出したシャーロットたちを労った。

「お疲れさま。また……」

 言いかけたエルドリックを、鋭く振り返ったシャーロットが指差して遮る。
 
「そこまでよ、エルドリック。無事に帰って来たいなら、余計な事は言わないのが『お約束』よ」
「……ああ、そうだったね。どうも油断するとすぐ忘れてしまう。ありがとう、先輩どの」
「どういたしまして、あんたも精進することね!それじゃあ、今度こそ行くから。じゃあね!」

 シャーロットは、苦笑するエルドリックにさっきよりも明るい笑顔でそう告げると、さっさと雑踏の中に消えて行った。

「ふう、また叱られてしまった。……じゃあ、僕たちも行こうか」

 同業者を見送って、エルドリック達も逆方向に歩き出した。
 少し離れていたところで成り行きを見守っていた異装の少女も彼ら三人に続く。
 しかし、彼女の師が、まだシャーロットらの消えた雑踏を、じっと見つめていることに気が付いた。

「……師匠?」

 弟子の問いかけに壮年の剣士は何も答えない。ただ彼女には、いつも仏頂面をしている師の表情が、どこか柔らかく見えた。
 やがて、壮年の剣士は何事もなかったように振り返る。

「さあ、エルドリックに追いつくぞ。遅れるな」
「えぇ……。なんだか納得いかない……」

 立ち止まっていたのは自分のくせに、既にいつもの顔になっている。先を歩き出した、身勝手で頼もしい背中を追いかけつつ、彼女は独り言ちた。

 一方、シャーロットはギルドにて帰還報告を済ませていた。
 一時解散を告げようとしたシャーロットに、ノイシュが疑問を投げかける。

「姫様、先ほどのやり取りは何だったのです? エルドリック様は、何を……」
「ノイシュ、それは野暮ってものよ! 余計な約束はしないの。ジンクスってやつよ!」
「……なんですか、それ」

 マエルが噴出し、ルゥとシルヴィもくすくすと忍び笑いを漏らす。ノイシュだけが、よくわからないと言った顔で首を傾げた。
 併設された酒場で果実酒を呷っていた探索者が、からかうような声を上げる。

「ハハッ、ノイシュちゃん! 探索者なんてやつぁ、帰る約束なんかしたら帰って来れなくなんのさ!」
「……へぇ。胡散臭いですね」
「ジンクスなんてそんなもんさぁ」

 シャーロットは受付カウンターに肘をつき、あごを乗せて大きなため息を吐く。

「だから、野暮だって言ったのに……」

 気づけばギルドにいた探索者たちも、大きな声で笑っていた。


追記:8/10に内容を一部改稿しました


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