【ジャズから見る東京】東京にあるからこそ成立しているふたつの不思議な場所。新宿Pit Innと西荻窪アケタの店。〈わたし〉はいま生きている。

先日、ぼくはこんなエッセイを書いた。

たとえば新宿Pit Innは、ニューヨークのVillage Vanguardに相当するのではないかしら。他方、西荻窪のアケタの店は、パリ・サンジェルマンのLe Baiser Saléや、ベルリンのA-Traneと比べられることもある。しかし、いずれもたんなる“外国のライヴ・ハウスの、東京的代替品”ではない。むしろこれは、東京にあるからこそ成立している、不思議なふたつの場所なのだ。

両店においては、東京の〈二重性〉が、ジャズの〈即興性〉と不思議に共鳴している。巨大で匿名的であると同時に、驚くほど私的で、個人的な感情や関係が密かに息づいている都市、東京。この矛盾した構造が、ジャズの本質——公共性と私性のあいだ、形式と逸脱のあいだ——と見事に重なっているのだ。


■ 新宿Pit Inn――都市型ジャズの聖域

Pit Innはまさに、「都市型ジャズ」の象徴的なスポットである。高層ビル、百貨店、十館もある映画館、アパレル、歓楽街が混在する新宿の只中にあり、裏手には東洋最大のゲイ・タウンが控えている。昼はビジネスマン、夜はネオンと人波。その〈騒がしさの中の静寂〉に潜むように、Pit Innがある。

ここでミュージシャンたちは、〈都市〉が与える孤独や緊張と格闘し、それをサウンドに変える。東京の雑踏が、かれらの音に乗り移る。ジャズはここで、暮らしを彩るサウンドであるよりむしろ、都市の無意識を奏でる詩となる。

Pit Innは1966年に開業。当初は紀伊國屋書店裏にあり、山下洋輔、高柳昌行、阿部薫らがその初期の空気を形作った。1990年に一度閉店したが、92年に新宿三丁目で復活。その復活劇もまた、東京的である——華々しくはないけれど、しかし確実にPit Innは必要とされているのだ。ぼくにとっては渋谷毅オーケストラとともにある店だけれど、振り返れば、高橋悠治さんや三宅榛名さんの演奏を聴いた記憶も忘れ難い。


■ アケタの店――東京に残る〈村〉的空間

他方、西荻窪のアケタの店は、東京のもう一つの顔、〈村〉的側面の象徴である。チェーン店よりも個人書店や古書店、自然食品店が目立つこの町では、人が「人」として記憶される。ジャズもまた、「作品」でありつつも、それは「会話」や「習慣」のように自然であり、それによって「創造の場」となっている。

1970年代以降、阿部薫、加藤崇之らのジャンル横断的な即興が繰り広げられたこの場所を支えてきたのは、アケタこと明田川荘之氏とエンジニア/マネージャーの島田正明さん、そしてミュージシャンとリスナーたちとの仲間意識、信頼関係だ。ぼくはアケタの店で、石田幹雄、山田丈造、石崎忍、守谷美由貴、有明のぶ子らのミュージシャンたちの演奏と出会えた。

アケタの店には、東京にしか存在しえない「地下的パトロンシップ」が生きている。カネではなく、信頼と文化の蓄積によって場が継続される。ろくに商売にならなくても、ジャズが必要な人たちがいるから店を続ける。これは、東京という都市が持つ、不思議な頑固さ、執念深さである。


■ 「スタイル」よりも「感情の通路」としての音楽

東京では、音楽はジャンルではなく、感情の通路として受け取られることが多い。「これはジャズか?」と問うよりも、「今日はこの音が必要だ」と感じる人が、夜の街をさまよう。Pit Innもアケタの店も、そんな人々——「都市の孤独者」たちが辿り着く、最後の避難所なのではないかしらん。

ジャズを聴く。それは都市の夢を、耳で読むことでもある
東京におけるジャズとは、つまりそういうことでもありそうだ。



いいなと思ったら応援しよう!