東京/TOKYO:ふたつの地図を歩く
近年、新宿のジャズ・ライヴ・ハウス Pit Inn に聴きに行くと、日本人よりも外国人の方が多い。日本人ミュージシャンたちも照れながら、英語でメンバー紹介や曲の解説をしたりする。微笑ましい。しかもかれらはおおむね西側諸国の人々ながら、じつにさまざまな国からやってきている。ミュージシャンにファンがついていることに先立って、Pit Inn という場所そのものが、かれらに支持されているのだ。ジャズだもの、それほど不思議ではないと一応はおもう。(なお、Pit Innは、ニューヨークの Village Vanguard に相当すると言うこともできるでしょう。)
しかし――西荻窪のアケタの店には、そういうことは起こっていない。たしかにアケタの店は、演奏一流、サウンド最高、チャージ良心的ながら、店はボロいし、しかも英語での情報発信もされていない。したがって、「あたりまえじゃないか」という意見もありそうだけれど、しかしぼくにはやっぱり理不尽におもえてしまう。(一説には、アケタの店は、パリのサンジェルマンの Le Baiser Salé や、ベルリンの A-Traneに相当すると言われもします。)
似たような例をおもいだす。魚河岸がまだ築地にあった頃、寿司大ともう一軒の人気店には、朝の五時からさまざまな外国人観光客が列をなしていたものだ。あの頃の築地は、たくさんのパレットが時速10キロで走りまわっていて、綺麗な若い女などいようものなら、パレットドライヴァーたちはうれしがっちゃって、ちょっかいを出すように接近していった。女たちは「きゃあ」なんて言って、まんざらでもなさそうによろこんでいた。
さらに驚くべきことに、ぼくが愛する浜町の隠れ切った名店――寿司処・海(うみ)さん――もまた、外国人客たちのよろこびの声でネット上のレヴューがあふれている。大将のスキンヘッドの大坂さんが、おひとりで切り盛りしている良心的な店で、つくづく隠れ切った場所にあるのに、だ。
大坂さんは英語は一切できないけれど、陽気な調子でポケトークを駆使しながら、外国人客を愉しませている。そりゃあかれらはうれしいでしょう。勝利のガッツ・ポーズを決めたくもなるでしょう。なぜって、かれらはTOKYO観光において、ついに自力で「ホンモノの鮨名店」にたどり着いたのだから。ぼくだって、ムスリム圏のモロッコで、ヒップホップかぶれの兄ちゃんと仲良くなって、闇で酒類を売っている店を教えてもらったときは、うれしかったものだ。
さて、本題に戻ろう。いまや東京とTOKYOは、ふたつの都市であり、ふたつの別の地図が描かれている。これは、ぼくらが「英語とインターネットの世紀」に生きているということでもある。
Pit Inn や寿司処・海さんの外国人客たちは、これからどんなTOKYOの宝物を発見するのだろう? 他方、ぼくも自分の書いた三島由紀夫論を、ChatGPTの助力を得つつ、英文にしてゆくプロジェクトに着手した。(そんなおおげさに言うことか!??)三島は英文にするとMishimaになり、エッセイのロジックもまた、英語になることでいかにも「英語っぽい相貌」を帯びてくる。それは以前からうすうす気づいていたことでもある。俳句だって英訳すればE.E. Cummingsみたいになるし、日本語の繊細な余白が、英語になると骨格だけがむき出しになる。でもその骨格がアメリカの風にさらされて、意外な風情を帯びたりもする。
この話を先ほどの鮨にあてはめるならば――もしかしたら、外国人たちがよろこんで召し上がっているのは「鮨」ではなく、「カルパッチョ」や「シーフード&ヴェジタリアン・サラダ」なのかもしれない。だが、たとえそんな誤読があるとしても、それでもやっぱり「楽しんだ者が勝ち」なのだ。すべての理解は誤解からはじまるのだから。
こういうエッセイを書いていると、ぼくはサン・フランシスコかニューヨークに住む、ちょっと変わったジャパニーズ・オールド・マンになったような気がしてくる。それもまあ悪くはない。けれど――ある日コンビニのレジで、PayPayが反応しなくてあたふたしている日本のおばさんに、後ろにいたフランス人のバックパッカーが、優しく流暢な日本語でレクチャーしている光景を見てしまうと……なんだか、いろいろと複雑な気持ちになってしまうのだった。
