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第二十四章 逆光のなかのナタリア(ヴェトナム、たくさんの顔をひとつひとつ見つけてゆく旅――行き当たりばったり右往左往、ヴェトナム紀行)

私たちを乗せた小舟は、岩場の洞窟をくぐりつつある。
私の前には、スペイン人のナタリアが座っている。
背が高く、グラマラスで、両腕と両腿には薔薇のタトゥーを入れている。
私の後ろでは、ヴェトナム人女性が足で櫂を操っている。

洞窟のなかは暗い。
その暗闇の向こうから、強い光が差し込んでくる。

私は言った、
“Natalia, look back. Look at me.”
ナタリアが振り向く。
私はシャッターを切る。
“Good!”

さらにシャッターを切る。
逆光のなかで、ナタリアは微笑んでいる。

シャッターを切るたびに、光が変わる。
顔の輪郭が浮かび上がり、また消える。
まるで光そのものが彼女の表情を描いているみたいだった。

私はナタリアに求めて、彼女のスマートフォンで
彼女のポートレートを撮影していた。

美女のポートレートを撮るのは二十年ぶりである。
これでも私は昔、雑誌 Elle Japon の仕事で写真を撮っていたものだ。
もっとも、ファッション担当ではなく、
コーエン兄弟をはじめとする映画監督や
俳優たちの取材撮影をしていたのだけれど。

私は訊ねた、「アーティスト?」
彼女は首を振った、
「いいえ。ソーシャルワーカー。」

なるほど、と私は思う。
彼女には dignity がある。
誰かのために働いている人間だけが持つ種類の落ち着きがあった。

撮影した写真を見せると、彼女は「おお」と微笑んだ。
もっとも、それだけのことである。
これをきっかけに親しくなったわけでもない。
ボートを降りれば、私たちは再び別々の旅人だった。

足で櫂を操るヴェトナム女性は、しきりにナタリアを褒めた。「Beautiful!」
彼女は毎日、観光客を乗せて、この川を行き来している。
足でボートを漕ぎ、わずかな稼ぎで暮らしているのだ。
他方、観光客の私たちは気楽なものである。
美しい風景に感動し、写真を撮り、やがて去ってゆく。
私は少しだけ、後ろめたい気持ちになった。
水面の光が揺れている。

タムコックとは、「三つの洞窟」という意味らしい。
湖、奇岩、鍾乳洞、寺院。
もともとそこにあった風景をまとめあげ、
ひとつの観光地として体験させる場所である。

私は好感を持った。
ダナンのように未来を先取りして作られた観光都市ではない。
風景そのものが主役なのだ。
西洋人観光客も多い。
ホーチミン・シティとハノイ以外で、
こんなにたくさんの西洋人を見たのは初めてだった。
つくづくかれらは、美しい風景を探し当てるのがうまい。

SEN THAI VI TEMPLEでは、
テルミンを思わせる不思議な伝統楽器の演奏を聴いた。


そして洞窟寺院 Linh Coc(霊仙谷)へ向かう。
暗く狭く長い鍾乳洞である。
足を滑らせれば面倒なことになりそうだ。
気づけば私は、前を歩く若いフランス人青年ふたりと、
妙な連帯感を抱いていた。
あれはたぶん、男同士が危険な場所で共有する、
原始的な仲間意識というやつだろう。

やがて洞窟を抜ける。
外では蝉が鳴いている。

私はほっと息を吐いた。
生きてこの世へ戻ってこられたことを、
私は少しだけ感謝した。

つづく

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