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第八章 ピカピカで快適で、ちょっぴり退屈なダナン(ヴェトナム、たくさんの顔をひとつひとつ見つけてゆく旅ーー行き当たりばったり右往左往、ヴェトナム紀行)

ヴェトナムで有名な都市といえば、南のホー・チ・ミン・シティ、北のハノイ、そしてまんなかのダナンである。実際、この三都市には国際空港があり、多くの旅行者は飛行機で行き来する。また、ハノイーダナン(~フエ)間には夜行列車も走っている。もっとも、ホー・チ・ミン・シティからハノイへ向かって、北へ北へと旅した私としては、フエやニンビン、あるいはホイアンやダラットを見てこそ、この国の面白さに触れられる気がするけれど。ただし、それはヴェトナムの旅を終えてからの感想であり、このとき私はダラットにいる。

ダラットからダナンまで寝台バスで十二時間の旅である。
私は少しずつ、ヴェトナムという国を寝台バスによって理解し始めていた。山を下り、海沿いの平野を北上し、夜のあいだに何百キロも移動する。
途中で何度か目を覚まし、また眠る。

窓の外は、道路灯のイルミネーションとそれに照らされた店しか見えない。だから私は、自分がどこを走っているのか知らない。

私は運転手の声で目を覚ます。
朝の七時。
ダナンに着いたのである。

バスを降りると、目の前には、ハン川(Sông Hàn)が流れている。
昔のヴェトナム漢字表記では「瀚」の字をあてたらしい。
私には読めない。
しかし川はちゃんと流れている。

川沿いには遊歩道が整備され、公園には木々が植えられ、
若者たちがジョギングをしている。
青春ドラマの舞台に出てきそうな風景だ。


私は荷物を背負ったまま歩き出した。
近くにチャム彫刻美術館を見つけた。
しかも朝の七時過ぎから開いている。
私は吸い寄せられるように入館した。

館内には、古代チャンパ王国の石像や彫刻が並んでいる。
ガネーシャがいる。
シヴァ神がいる。
乳房をあらわにした女神たちがいる。
瞑想する仏陀もいる。
楽しい。
石像というものは不思議だ。
じっと見つめていると、やがて動き出す。

私の頭のなかでは、ヴェトナムはなんとなく仏教国だった。
しかし、どうやらそんなに単純な話ではないらしい。

南から北へ細長く伸びたこの国には、さまざまな民族が暮らし、
さまざまな宗教が行き交い、さまざまな王国が興亡してきたのだ。

私はそのことを、石像たちから教わる。
旅先では、人間より石のほうが饒舌なことがある。

私は美術館を出る。
朝の光がまぶしい。
私はちいさな商店で缶ビールを買い、
賑やかな表通りを歩きながら飲む。

それから路地へ入り、
街の人たちに混じって、
小さな食堂の赤いプラスティック椅子に腰を下ろす。

カボスみたいな柑橘を絞り、
ハーブとモヤシを山ほど放り込み、
フォーを食べる。
ただそれだけのことで、店主のマダムは
よろこんでくれる。
お礼を言いたいのは、こちらの方だ。

ヴェトナムへ来てから、私は毎日のように
フォーを食べている。
不思議と飽きない。
むしろ日ごとに好きになってゆく。

それはいいのだけれど、私はダナンの街に少し困惑した。

この街は1858年、フランス軍艦に砲撃され、
フランス=スペイン連合軍の上陸を許した場所である。
言ってみれば、ヴェトナム植民地化のきっかけのひとつになった街である。とうぜん私は、どこかにその痕跡を探してしまう。
ところが、この街はそんなことには興味がないらしい。

ダナンは歴史を売るのではなく、
快適なリゾート都市を作ることを選んだ。
これはヴェトナムのなかでダナンだけが選んだことである。

なるほどそれはひとつの選択なのだけれど、
いかんせん整いすぎているのである。
道路は広い。
建物は新しい。
高層ホテルが並ぶ。
海岸沿いにはリゾート施設が建設されているらしい。
夜になれば、ドラゴン橋が火を吹き、水を吹くらしい。
旅行ガイドブックは、盛大なカーニヴァルを誇らしげに語っていた。
どうやら韓国資本や中国資本が流入し、
この街を東南アジア有数のリゾート都市へ変えようとしているらしい。

どこもかしこも綺麗だ。
快適には違いない。
そして私は、少しだけ退屈していた。
どこか、世界中の再開発地区に共通する匂いがある。
私はそれを勝手に「東急不動産的」と呼んでいる。

もっとも、これは私の偏った趣味のバイアスがかかってもいて
私は、旅先ではしばしば困った場所を好きになる。
道に迷う街。
歴史が折り重なった街。
少し不便な街。
街と自然が分かれていない地域。
そういう場所に惹かれる傾向がある。
それに対して、ダナンはあまりにも優等生的である。

ふだん人は街を自分の暮らしの舞台だと考えがちだけれど、
街が人の想像力を規定してしまう面もまたあるのではないか。
少なくとも私自身は、そういう場所では空想があまり膨らまない。
もっとも、そんな私もまた東京暮らしなのだから世話はない。
あるいは私は、このヴェトナム旅行を通じて、
街と自然が無理なく共存している場所に
惹かれはじめているのかもしれない。
もっとも、そんな私の感慨には、
旅行者のエゴが混じっていることも否定できないけれど。


さて、次はホイアンへ行こう。
では、いったいどうやって?

まぁ、たいていの場合、
なんとかなるものなのである。
寝台バスに乗り、
知らない街へ放り出され、
そこからどうにかする。

旅とは、目的地へ行く技術ではない。
放り出された場所から、
自分の居場所を見つける技術なのかもしれない。

私は少しずつ、その技術を身につけていた。
幸いなことに、ダナンとホイアンはごく近い。
どうにかならないわけがない。

つづく

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