第二十章 フエからニンビンまでの夜の旅(ヴェトナム、たくさんの顔をひとつひとつ見つけてゆく旅――行き当たりばったり右往左往、ヴェトナム紀行)
フエからニンビンまでの距離は、およそ570キロ。
いまこのエッセイを書きながら知ったことには、多くの旅行者は「ヴェトナム統一鉄道(南北線)」を利用するらしい。所要時間は十一〜十二時間ほど。
しかし、そのときの私はそんなことを知らなかった。
ヴェトナムを旅するなら、寝台バス。
私の頭のなかには、それしかなかったのである。
もっとも、所要時間に大差はない。
では、私は寝台バスが好きになったのか。
そう訊かれると、返答に困る。
ただ、私はすでに知っていた。
寝台バスには二段ベッド二列式と三列式があり、
選ぶなら二列式に限ることを。
三列式では、箱のなかに押し込められた一本の煙草になったような気分を味わうことになる。
二列式なら、少なくとも寝返りは打てる。
慣れてしまえば、寝台バスもそう悪いものではない。
いかにもヴェトナムらしいではないか。
寝台バスは、ヴェトナムを南北に貫く大幹線――国道一号線を北上してゆく。私を乗せたバスは夜を走り、水郷地帯のあるドンホイを過ぎ、荒々しいジャングルとなだらかな山々のあるヴィンを過ぎ、豊かな田園地帯のタインホアを過ぎていった……はずである。
しかし、私は何ひとつ覚えていない。
そもそも窓の外は夜なのだ。
見えるものといえば、国道沿いの家々の灯りと、
街路灯の列ばかりである。
バスはかなり揺れたけれど、それもまた子守歌のようなものだった。
私は早々に眠ってしまった。
夢と現の境目で、私は少年時代の自分と再会していた。
瀬戸内の田舎町の少年が、ラジカセで
Simon & Garfunkel
の
The Boxer
を聴いている。
どうして『ボクサー』なのか、私にはわからない。
あるいは、私はヴェトナムの人たちの不屈のたくましさに、
ボクサーを重ね合わせていたのかもしれない。
やがて歌は、
America
へと変わる。
あの歌もまた、迷走をはじめたアメリカへの、はやばやとした
レクイエムだったのかもしれない。
そんなことを、夢のなかの私は考えていた。
そして寝台バスは、私を北へ北へと運び続けていた。
つづく
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