穢れから逃れた天皇制
前に書いた
日本に易姓革命がない理由|鈴木良実
日本の革命とは?|鈴木良実
の議論について、一つ見えてきたのは
天皇が権力の穢れから距離を置く
と言う側面です。つまり大きく分けると
古代の天皇:自ら武力を持って支配
平安時代の天皇:藤原氏に実権が移る
武家政権の天皇:武家が実験を握る
武家内の交代が起こる明治以降の天皇:絶対君主としての神格化
敗戦後の天皇:象徴としての天皇
と言う流れで、2.の平安時代から3.の武家政権、そして5.の象徴天皇と
権力者を天皇以外
としています。これが
天皇制の継続
に大きな役割を果たしたというのが、私の考えです。この裏には、中華文明にある
天災も支配者の不徳を
天が怒ったから
と言う発想からの自由があります。
私たちは、民主主義になれていますから
政治の悪さは自分達が選んだ責任
まして天災を政府の責任とは言えない
と言うのが常識です。
しかしながら、中華文明の易姓革命では
不徳の天子の交代
と言う発想が出てきます。こうして
権力の穢れを革命で払う
とならないために、平安時代から
権力から距離を置く
天皇が、今まで生き残ったと思います。
このように考えると、実権を握ろうとした
後鳥羽上皇や後醍醐天皇
の失敗が明確になってきます。なお、後醍醐天皇は、自ら荼枳尼天の手法をしています。こうした、天部の力は、一度成功しても、その反動で色々な「穢れ」を背負い込むことがあります。北朝の方では、これに対した荼枳尼天の修法を、帝を守護する「悪僧」に命じた形跡があります。これは、生駒修験宗の光明大聖管長のYouTube等に、時々「髑髏ご本尊」が見えるので、当時の経緯が推測できます。
(2) 加藤禮詮(かとうれいせん)チャンネル - YouTube
こうした
穢れから逃れる
方法が、天皇制の継続に役立ったと思います。
