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学ばないふたりのモグラ

  今日から夏休みだ。これからひと月、早起きして学校へ行かなくてもいい。お母さんは仕事に出かけている。家にはお姉ちゃんと僕しかいない。
  毎日が自由だ。市民プールで泳いだり、自転車でアイスを買いにいったり、入道雲を追いかけたり、やりたいことはなんでもできる。
  そうは言っても課題はたくさんある。朝起きたら、まずはベランダのキュウリの苗に水やり(やらないとお母さんにひどく怒られる)。文鳥のブンに餌やり。それから昼の十二時の鐘が鳴るまで宿題に取りかかる。計算ドリル。漢字の書き取り。自由研究の雲の観察。読書感想文。少しずつコツコツやるのが大事よ、とお母さんは言う。

  机に向かう僕の横で、お姉ちゃんは床に寝そべって本を読んでいた。何を読んでいるのかと聞いたら、マルクス。と、だるそうに返事をした。僕より四つ歳上のお姉ちゃんは、いつも難しい本を読んでいる。僕にはさっぱりわからない本ばかりだ。
   
  正午の鐘がなった。ドリル帳を閉じるとお姉ちゃんが言った。
「コウタ。お好み焼き作らへん?今日のお昼はお好み焼きにしよ」
「お姉ちゃん、作れるの?」
「台所の棚にお好み焼きの粉がある。あれを水で溶いて焼くだけや。簡単やろ」
  お好み焼きは僕の好物だ。じゅうっと焼ける音。ソースの焦げる匂い。踊るかつお節。全部がおいしいのだ。
       
   ボウルに入れたお好み焼き粉と水を、僕達は交互にぐるぐるかきまぜた。たねができると、お姉ちゃんはコンロの上に大きなフライパンを乗せた。
「このフライパンいっぱいのお好み焼きにせえへん?デカいのをバーンと焼いて、二人で半分こしようや。チマチマ焼くより楽やろ」
「うまくできるかなあ」
「サッと焼いてサッとひっくり返すだけや」
僕の心配顔をスルーしたお姉ちゃんは、お好み焼きのたねをすべてフライパンに入れ、素早く全体に広げていった。お母さんが炒飯を作る時に使う直径三十六センチのフライパンの中を、僕達は並んで観察した。お好み焼きのふちが乾いて、表面にはプツプツ穴が空いてきた。
「そろそろいくで」
お姉ちゃんは両手に持ったフライ返しをお好み焼きの下に滑り込ませ、ギッと生地を見据えた。お姉ちゃんが大きく深呼吸する。僕は息をのむ。
「こういうのは思い切りが大事や」
お姉ちゃんは「ヤッ!」と言いながら、勢いよく巨大お好み焼きをひっくり返した。

  宙返りした生地は不時着した。
  焼きが甘かったらしく、中身はまだどろりとしていた。手前の半分が先にフライパンに落ち、バランスを崩した残りの半分がその上に折り重なった。焦げ目と生焼けの生地が層になったよくわからない形のものが、くったりとフライパンにひれ伏していた。
  僕達は黙ったままそれを見つめた。換気扇の音がやけに大きく聞こえた。
  やがてお姉ちゃんはフライ返しをそれに突き立てると、前後にギリギリと揺すり、ふたつに切り分け皿に盛った。

  僕達はテーブルに向かい合って座り、謎の物体にソースと青海苔とかつお節をかけた。
「なんか違うものが生まれたな」
お姉ちゃんはわしわしとそれを食べた。僕はお好み焼きとは似ても似つかないものに、フーフーと息を吹きかけて冷ました。むせて涙が出た。
「なんだ。味はお好み焼きやん」
お姉ちゃんが笑った。
「うん」
僕も頷いた。
  おいしいじゃんね、と言い合って結局完食した。

  僕達は何も学んでいない。
  実は去年の夏休みにも巨大お好み焼きを作ったのだった。焼いている最中にそのことを思い出したのだけれど、忘れたふりをしていた。
  一年前の夏。僕達は、大きなお好み焼きを焼いて切り分けることは大発明だと信じていた。そして今日と同じ失敗をしたのだった。
  面倒でも小さなものをコツコツ焼いた方がいいのだと、学んだはずなのに。
  お母さんの声が頭の中で響く。
『少しずつコツコツやるのが大事』。

  僕達は同じ過ちを繰り返す生き物だった。過去の失敗を忘れ果てる、のんきなモグラなのだ。
  口の端についたソースを拭きながらお姉ちゃんは言った。
「コウタ、夏休みはな、オモロい傷をたくさん作るためにあるんやで。デカいお好み焼きを二年続けて失敗するなんて、オモロいやろが。日記に書けるで」
お姉ちゃんは去年の夏のことを覚えていたのだ。
「蝉取り行って木から落ちてできた青タン。夕立ちの中あわてて帰る時に転んでできた膝小僧のすり傷。花火見にいって蚊に刺されて掻きすぎてできたかさぶた。全部が夏や。夏休みにしかでけへん傷や」
「このお好み焼きもそうだってこと?」
お姉ちゃんはダハハと笑うと、コウタお皿洗っとき、と言い、冷蔵庫のサイダーをぐい飲みして自分の部屋へいってしまった。
  お母さんの言葉は正しい。でも僕はきっと、来年もまたお姉ちゃんと大きなお好み焼きを作る。そして約束したみたいに失敗する。これが僕達の夏の始まりなのだ。
 


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はじめましてながら、
参加させていただきました。
この話のなんのはなしですかポイントは、
唐突な「モグラ」です。笑
(ほぼ、2000字です)

2年連続で巨大お好み焼き作りに失敗した
きょうだいの夏休みのエピソードは、事実です。笑


#なんのはなしです家
#短編小説

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鈴懸ねいろ 文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。