【弱った時に気づくこと】「大丈夫?」のひとことが、どんな薬よりも効く理由。
久々の高熱でツラい…。そんな中で気付いたこと
本当は、もっと別のことを書くつもりでした。
でも今、私は9年ぶりに39℃近い高熱を出して寝込んでいます🤒
思うように動かない身体、唾を飲み込む度におこる激痛、ぼんやりする頭。
しかも、まだ育休中のため、1歳半の元気っ子を見ないといけない…
そんな最悪の体調不良。
私の心を一番に救ってくれたのは、冷たい保冷剤でも解熱剤でもなく、隣にいる夫の存在でした。
「自立」よりも「甘える」という勇気
普段、私たちはどこかで「ちゃんとしなきゃ」「自分の機嫌は自分で取らなきゃ」と、自立することに一生懸命になりがちです。
いい大人なんだから、熱でも自分のことはすべてやって、子供のこともいつも通りやって。
でも、体調が悪く動けなくなったときこそ、大切な人の前では、「ちゃんとしなきゃ」を崩す必要があるのです。
OS-1を買ってきてくれる音。
お粥を作ってくれる、キッチンの小さな物音。
「ゆっくり寝てていいよ」と、子供を外に連れ出してくれる低い声。
弱っている時だからこそ、そんな当たり前の「ぬくもり」が、じんわりと心に染み渡っていくのを感じました☕
「ごめんね」ではなく「ありがとう」を差し出す
以前の私なら、「せっかくの休みを台無しにして申し訳ない」という罪悪感でいっぱいになっていたかもしれません。
でも今は、申し訳なさよりも「ありがとう」を、掠れた声でも伝えるようにしています。
「ごめんね」と言うと、相手も「いいよ(大変だね)」と、負担を感じさせてしまいます。
でも「ありがとう」と言うと、相手は「役に立ててよかった」と、自分の優しさを肯定できるようになります。
病気の時こそ、二人の間に流れる空気を優しさで満たす練習なのだと、熱に浮かされながら思いました。
完璧じゃない日常にある、本物の愛おしさ
SNSに映る「キラキラした家族の日常」ではないけれど。
起きたままのすっぴんにボサボサの髪で寝込んでいる私と、慣れない手つきで看病・子育てをしてくれる彼。
この「泥臭い日常」の中にこそ、私たちが積み重ねてきた本物の信頼がある。
身体はつらいけれど、心はどこか穏やかで、満たされている。
そんな自分に気づけたのは、この熱が教えてくれたのだと思って…
また、元気になったら
今は、彼の優しさにどっぷりと甘えようと思います。
元気になったら、今度は私が彼の「好き」をたくさん大切にしてあげたい。
皆さんも、どうか無理をせず、自分の身体を一番に可愛がってあげてくださいね🌱
私はもう少し、お布団の中でぬくもりを感じていようと思います。
よければ、スキお待ちしております🤍
ちょっとだけ体調よくなります笑
