「親友の命日に思う」
◇命あっての物種・・・健康であることが重要です。
※ただ、生きるのではなく、笑顔で過ごしたいから。
自分が50歳を超えて、まだ元気なもんだから
「長生きしたい」ではなく、
「健康でいたい」と、思うようになりました。
いま「健康」を語るわたしは、生まれた時に低体重児で「生きることは難しい」と言われたらしく、
保育器に入って泣くこともない、「生命」を諦められた存在として数日を過ごしたそうです。
出生届けを出す期限まで生き延びて、小さな声で泣くようになり、父が届けを出したことを、祖母から聞かされたのは10歳の頃です。
無事生き延びたわたしは、持病はあるものの、50歳を超えても元気で仕事もしています。
でも、平坦ではなかった…
繰り返す手術、その度に目が覚めない可能性と麻痺が残るかもしれない可能性が説明され、家族とは万が一の時の話は欠かせない日々です。
持病があるからこそ、定期的に検査をしています。
これが、意図せず「予防医療」を実施できていることに気付きました。
健康な人ほど「健診、検査」が後回しになり大切な生命を守れないことが多い気がします。
「長生きするつもりないからー」と言っている方を見かけると「寿命はあなたが決められるものではないのよ」と心のなかで呟きます。
「お酒もたばこもやらないから大丈夫」と言う人もいます。
いいえ、それだけが、病気の原因ではありません。
「普段から筋トレもしてるし、食事も気をつけてるよ」と言いますが、どんなに気をつけても全ての病気が防げるわけではありません。
一昨年、
亡くなった親友の病名は、わたしと同じでした。
違っていたのは検査で発見、
手術をして生きながらえたわたしと、
検査をせず自分にその病変があることに、
気付かないまま過ごしてしまった、
ただそれだけです。
幼い頃からわたしの身体を気遣ってくれていた優しい親友は、わたしより先に旅立ってしまいました。
残された旦那さまと2人のお子様が、憔悴して悲しみを受け止めきれないまま、葬儀の挨拶をしていたことを思い出すと、いまでも涙がでます。
「予防医療」の進んだ世の中です。
老若男女みなさまが、ご家族、ご友人のために、年に一度ご自身の身体を調べてみてほしいと、彼女の命日に強く思います。
「健康寿命」と「平均寿命」の差は、
埋めることができるはずです。
涼鈴suzu

