短編:母娘のソフトクリーム
◉風まかせ文芸部【ソフトクリーム】参加作品
夏の太陽は街をじりじりと焼きつけていた。アスファルトの上を歩くたび、熱気が足元から立ちのぼる。
美里は額に汗をにじませながら、小さな手を握る。手を引かれて歩くのは五歳の娘、彩。
「ママ、喉かわいた……」
「もう少しでスーパーに着くからね」
そう言いながら、美里は心の中で財布の中身を計算していた。最近はパートのシフトが減り、節約の日々が続いている。余計な出費はできるだけ避けなければならない。
だがその時、彩が足を止めて見上げた先に、小さなソフトクリーム屋があった。木の看板には色あせた手作りの文字。窓から甘い香りが漂ってくる。
「ママ、ソフトクリーム食べたい!」
彩の瞳がきらめいて見えた。美里は一瞬ためらった。ここで買ってしまったら、夕食の材料を少し削らなければならない。だけど娘の笑顔を前にすると、計算などどうでもよくなる。
「今日は特別にしようか」
美里がそう言った瞬間、彩は飛び跳ねるように喜んだ。店の中はひんやりとしていて、外の暑さを忘れさせてくれる。
注文すると店主がゆっくりと機械を回し、白いソフトクリームをコーンの上にくるくると重ねていった。その様子に彩は目を丸くして見入っていた。
「わぁ……」
差し出されたソフトクリームを両手で大事そうに受け取ると、彩はすぐにひと口かぶりついた。冷たさと甘さが舌の上で広がり、ぱっと笑顔が咲く。
「おいしい! ママも食べて!」
差し出された美里は首を振った。しかし彩が「ちょっとだけ!」とねだるので、ほんの少しだけかじってみた。一口で胸の奥まで甘さがしみこんでいくようだった。
二人は店先のベンチに腰かけ、溶けていくソフトクリームを慌てて舐めながら笑い合う。彩の口のまわりは白いひげだらけになって「もう、しょうがないなあ」と美里がハンカチで拭ってやる。
「ママ、また一緒に食べようね」
「うん、また食べよう」
美里は彩の頭をなでながら、ふと昔を思い出していた。自分がまだ少女だったころ、母に連れられて初めて食べたソフトクリームの味。あの時の幸福感が今でも記憶に残っている。
そして今、自分の娘も同じように笑顔を見せている──それだけで胸が熱くなった。
夕暮れが近づき、買い物を済ませた二人は手をつないで家路につく。手のひらにはまだソフトクリームの冷たさの余韻が残っていた。
母子家庭の不安や困難はこれからも続くだろう。けれど、この子と笑い合える時間がある限り、美里はきっと乗り越えていけると思った。
──数年後の夏
蝉の声が鳴り響く真夏の午後。商店街の一角にあるソフトクリーム屋の前で、すらりと背の伸びた彩が立ち止まった。制服姿の高校生になった彼女は、髪を後ろで束ね、少し大人びた表情をしている。
「ママ、覚えてる? 小さい頃、ここでソフトクリーム食べたこと」
「もちろん。彩の口の周りが真っ白になったことよく覚えてる」
美里はくすりと笑った。その横顔には、当時よりも少し深い影が刻まれている。けれどその笑顔には、今も変わらない温もりがあった。
彩はリュックから財布を取り出し、真剣な表情で言う。
「ママ、今日は私がごちそうするね。アルバイト代、入ったから」
差し出された千円札を見て、美里は驚いたように目を瞬かせた。
「えっ、いいの?」
「うん。だって、あの時また一緒に食べようって約束したでしょ。ママが特別にって言ったこと覚えてるよ。だから今度は私が特別に買ってあげる」
彩は照れくさそうに笑った。その笑顔に、美里の胸は熱くなる。
娘は確かに大きくなった──けれど、小さな手を握っていたあの日の面影が、今もそこに息づいていた。
二人で並んでベンチに腰かけ、昔と同じようにソフトクリームを舐める。白い甘さは、時を経ても変わらず胸の奥に静かに広がった。
「ママ、また一緒に食べよう」
「ええ、約束ね」
夕暮れの光が商店街を包み、二人の笑顔をやさしく照らした。ソフトクリームは溶けていくけれど、そのひとときの幸せは決して消えない。
母と娘の時間は、これからも続いていくのだから。
