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短編:遠い日の花火

◉風まかせ文芸部【遠い花火の音】参加作品

 耳が遠くなった。孫は大きな声で話しかけてくれるのに、何度も聞き返してしまう。テレビの音が大きいと娘に叱られ、病院へ行っても「年相応ですよ」と先生は笑う。
 それでも、不思議と夏の夜だけは、ちゃんと聞こえる音がある。遠い花火の音だ。
 お盆が近づくと、私は縁側へ座り、西の山を眺める。今年も、もうそろそろ。そう思って待っている。

 孫が隣へ座った。

「おばあちゃん、何してるの?」

「花火が上がるのを待ってるんだよ」

「花火? どこで?」

 私は笑う。

「あの山の向こう」

 私が指差す方向に、孫は首をかしげる。

 今はダム湖になっている西の山の向こうには、かつて小さな温泉街があった。夏祭りの日になると、旅館には浴衣姿のお客さんがあふれ、屋台が並び、子どもたちが走り回る。
 夜になると花火も上がった。私は、その花火が大好きだった……いや、本当は違う。花火より好きだったものがある。

「急げ、急げ」

 健ちゃんが笑いながら私の手を引く。

「最後の一発に間に合わなくなるぞ」

「そんなに引っぱらないで」

 息を切らして歩く私を見て、健ちゃんは子どものように笑う。その笑顔を見ながら歩く道と、花火へ向かう、あの時間が好きだったのだ。
 町はダムの底へ沈んだ。健ちゃんも先に逝ってしまった。あれから何十年にもなるが、もう数えてはいない。
 それでも、お盆の夜になると、ときどき聞こえる。

 ──ドン!

 遠い花火の音。誰も信じてくれない。娘は「空耳だよ」と笑う。孫も耳を澄ませるが、何も聞こえない。
 それでいい。あれはきっと、耳で聞く音じゃなく、心の奥に残った、夏の音なのだから。
 今日も縁側へ座る。西の山は夕焼けに染まり、風が庭を渡っていく。

 ──ドン!

 今日も聞こえた。私は思わず笑ってしまう。

「健ちゃん、今年も間に合ったね」

 目を閉じる。若いときの私がいる。浴衣の袖を押さえながら坂道を上り、前を歩く健ちゃんが振り返る。

「ほら、急げ」

「待ってよ」

「最後の一発に間に合わなくなる」

 あの日と同じ声。あの日と同じ笑顔。私はゆっくり立ち上がる。

「健ちゃん、待たせたね」

 遠い花火の音は、もう聞こえなかった。私は西の山へ向かって、そっと微笑んだ。
 きっと、あと数年の内には、彼の隣で見ることができるだろうから。

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