辺野古の違和感とカルトの類似性
辺野古ボート転覆事件の発生から、加害者側団体であるヘリ基地反対協議会やその関連団体の一連の応答を見ていて、ある種の違和感を感じている。
その原因について整理をしたい。
そこはかとなく漂う他人事
3月16日に辺野古ボート転覆事件が発生後、ヘリ基地反対協議会は記者会見を開いた。その際のコメントは
「大変な事態を引き起こしてしまったということに対するお詫びをまずは申し上げたいと思います。申し訳ありませんでした」
といったものがあった。
確かに、事故という「結果」に対しては謝意を示している。
では、誰に対して謝意を示していたのか
自らの何を不徳として謝意を示していたのか
そういったことが理解できる率直なコメントがなく、それ故に炎上した。
あまつさえ、突発の高波にのまれた事故であるかのように説明をしていた。
また、出航判断のミスなど、自らの過失は一切認めているようには見えなかった。
そして、遺族への謝罪は、記者会見でコメントと、一ヶ月もたってからのWebsiteへの謝罪文の掲載はあるが、遺族へ対面した直接の謝罪は未だ行われた形跡がない。
こういった対応の節々から、その対応がどこか「他人事」に見えるのだ。
この点に多くの人が「違和感」を覚えているのだと思う。
活動団体の性質
ヘリ基地反対協議会の過去の活動に視点を当ててみたい。
1997年に米軍の基地移設に反対する活動団体として活動開始
オール沖縄、辺野古基金、共産党など共同活動や連携を実施
2014年10月 辺野古付近の汀間(ていま)漁港で抗議船「ラブ子」の係留ロープが外れ、1人が死亡する事故発生
2024年6月 阿波桟橋で警備に従事されていた男性がダンプカーに巻き込まれる死亡事故発生
2025年1月、抗議船グラスボート「ゆがふゆ」が辺野古沖で漁業船に接近し、潜水作業用ホースをプロペラに巻き込む事故発生
2026年3月 辺野古ボート転覆事件により船長、女子高生の計2名が死亡
共同代表である浦島悦子氏は環境保護活動に取り組んでいた
後に米軍基地移設に反対する運動に関与し沖縄に移住
30年以上も社会活動に従事
過去には死亡事故やそれに繋がりかねない事故が複数回発生していたとみられる。
にもかかわらず、彼らの活動自体は自粛された形跡があまり見られない。
根底にある思想
何故、自らの非を素直に認めないのか。
何故、人命を損なっても活動を改めないのか。
必ず何らかの理由がある。その根底にある思想は何か。
私の目線からは、彼らの行動について「苛烈な教義に従う信仰者」のようにさえ見える。
そこでふと思い出す。
著名な過去の社会主義者トロツキーは以下のような発言をしたとされる。
「目的は手段を正当化する。なにかが目的を正当化する限りは。」
読み解く
この考えに基づいて彼らの行動を解釈すると、比較的納得ができる。
何故自らの非を認めないのか
→ 目的(活動)の正当性を損なう恐れがあるため
何故人命を損なっても活動を改めないのか
→ 活動の意義とは別の問題である
それゆえに、「事故は不幸な出来事だった」という、自らの加害性を認識していないかのようなコメントにつながるのではないか。
解釈する
彼らの活動は決して安全なものではなかった。
現に複数の人命を損なっている。
では、彼らの活動は法に則った活動であったか?
そうではない。
以前の記事にて指摘をしているが、辺野古周辺の道路にはテント村という道路不法占拠の産物が未だに設置されている。
事件の舞台となった「不屈」も「平和丸」も旅客運航登録はなかった。
救命胴衣も法を満たすものではなかった。
つまり、彼らの目線では、目的(活動)の前では法は尊重されない。
類推する
昭和後期から平成の終始を見てきて世代として、命も法も尊重しない、そんな団体には見覚えがある。
社会変革を起こすためには、法も人命も人権も家族もすべて価値を持たない。
仮に彼らがそのように考えているのであれば、そういった団体を世の中ではカルトやセクトまたは危険思想、あるいは反社会的勢力やテロ組織というのではないだろうか。
社会には変革が必要だが
時を経れば環境も価値も市場も変わる。
それゆえに社会の変革は必要だろう。
しかし、それは平和裏に民主的に行われるべきものではないのか。
もしも「目的が正しければすべての行動が正当化される」などという団体があるのであれば、その団体は永久に社会的な支持を得ることはできない。
言わば、永遠のカルトとして、ただただ自らの存在維持のためにのみ存在するモンスターという宿命を負ってしまうのではないか。
普通に政治活動をすればよいものを、法や命を損なってまで活動する団体には一般社会から「正義」など与えられない。
