食道がん闘病記|青天の霹靂──娘が生まれて、癌が見つかった日|はじめてのnote
Note初投稿
思えば、自分自身の記録と誰かの参考になればとか思って、オンタイムで書こうとアカウント登録したっきり、結局なかなか投稿する事はできなかった。可哀想と思われたいと思われるかな?とか、考えながら2年半が過ぎていました。笑っ
あの日のことを振り返りながら、自分の備忘録的に、なんなら癌以外のことも、これから少しずつ記事にしていこうと思います。
2022年6月に長女が生まれました。
年の差婚ということもあり、娘が生まれたので、「健康診断ぐらい行っておいてよね、」と奥さんからの圧もあり、自分もさすがにそうだよねと、2年振りに健康診断の予約を夏ぐらい取りました。たまたま前回健康診断をした病院の予約が、11月15日しか取れませんでした。随分先だなーなんて思いながら、
ようやく11月15日を迎え、健康診断、2年前にオプションで胃カメラをやってたので、特に意味もなく、前回同様胃カメラもお願いしました。
胃カメラ検査中、なんだか前回より長いな、なんで?しかも、なんか検査してる先生と看護師さんがなんか話してるし、早く終われーって、思ってたらようやく終わり、すぐ先生に呼ばれ映像を見せられた。そこにはいわゆる腫瘍らしきものが、、、
「癌ですか?」って聞くと、「だとしたら、まあまあ、進行してるかも、とりあえず、病理検査に回します。」みたいなこと言われ、そんなこと言っちゃうんだ!しかも、病理検査!?プチパニック、今から思うと、現実的に受け止められてなかった。
帰宅後、すぐPCを開き、食堂癌と検索、飲酒喫煙が要因の、、、みたいな事がまずは目に入り、そして、画像を見ると、今まさに病院で見てきたのと同じ画像が次々と、、、終わった、癌だ、と確信しました。とはいえ、検査結果は11月30日、それまで2週間、もしかしたら違うかも!?何度もそう願ったけど、結果は食道癌と告知されました。
11月30日、告知してくれた先生は、「紹介状を書くんですけど、何処の病院にします?」と、勿論アテがあるはずもなく、先生に「こういう時はどうすべきなんですか?」と、聞くと、スマホ検索しながら、食道癌は決して多くはない癌と聞かされ、「症例が多いのは、、、」と、丁寧に説明してくれました。決めかねていると、看護師さんとかも会話に入ってくださって、家が近い方がいいのか?設備が?有名か?などなど、話していると、先生が、「実は私は、S大学病院の食道癌センターに関わっていて、、、」と、先に言ってよ、と私は思い、何かの縁なので、「S大でお願いします。」とお願いしました。
帰宅途中、自転車を漕ぎながら頭に浮かんだのは――「青天の霹靂」。
こんな言葉、自分の人生で使う日が来るなんて思ってもみなかった。でも、まさにその瞬間でした。一切なんの想像もしてなかった。そんな混乱の中でも、帰宅後すぐに紹介状にあるS大病院へ電話して予約を入れました。
晩婚で年の差婚、子どもはまだ生まれたばかり。とにかく――早く治療しなきゃ。その想いだけで、スマホで電話をかけていました。すると、電話オペレーターの方から、「明日か、もしくは2週間後予約取れます。」と、明日仕事で4本のアポがあるにもかかわらず、即断で「明日お願いします。」と予約の電話を切りました。勿論、仕事のアポは全てキャンセル。
数時間後、奥さんが娘と帰宅、検査結果を伝え明日病院の検査予約したと伝えると、涙をこらえながら後ろからハグされました。
この後、闘病中と合わせて奥さんが涙したのは、私の知る限りでは、この時と、手術のための入院の時、娘を抱きながら受付まで送ってくれた時、この2回だけでした。奥さんに多大なる苦労をかけていることに関しては、また別の機会にでも、――
そして、ただ、「大丈夫だよ」って、なんの根拠もなく言って、2階へ上がっていきました。
翌日、不慣れな大学病院へ伺うと、予約して行ったものの、待合室の人の多さに少し引きながら待っていると、昨日渡されたCDや検査結果などを、まるごと家に置いてきたことに気づきました。時すでに遅し、順番が回ってきて診察でした。担当は食道癌センターのセンター長でした。
話始まったとたん、「このあと時間ある?次、具体的検査の内容を話す先生のところに行ってもらうから」と、資料忘れたのに、なぜだか、とんとん拍子???なんでわかるの?疑問に思いながら、次の先生の診察、資料忘れたことを告げると、「ああ、大丈夫、聞いてるから」、なんと、告知して紹介状書いてくれた先生が個人的にすでに情報を共有してくれていたらしい、ことが判明。「この患者さん、行くかもなんでよろしく。」って、そんな感じで紹介してくれていた――そして病院側も、「だとしたら、すぐ送ってくれていいよ。」と伝えたらしいんだけど、紹介状を書いた先生は、「あくまでも本人の意思だから、でも、行くかもしれないので、その時はお願いします。」と言ってくれていたらしい。「いずれにせよ、ちゃんと検査しないと行けないので、今日やれるだけやっちゃいますね。」と検査は進んで行きました。
そんな巡り合わせ、ある?何かの巡り合わせ、運命的なものというか、すがる想いでこの病院に託そうと、セカンドオピニオンを取ることすら考えず、即断で治療をお願いしました。
その日にほぼ全ての検査を終えて帰る頃には日が暮れてました。そして、入院日も12月13日に決定、なんとここまで、長々と書いたけど、告知からわずか24時間ぐらいの出来事。笑っ
11月15日の健康診断から、1か月足らずで治療開始、ご縁というか、タイミングというか、とても幸運だったと思います。不幸中の幸いですかね。
あの24時間で、私は全てを決めました。
迷っている場合じゃない。この先生方に全てを託そう。そう決めてから、退院するまで――
一度も「食道癌」をネット検索することはありませんでした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回以降、闘病生活などなど記していけたらと思います。
もしよろしければ、「スキ」や「フォロー」してもらえるととても嬉しいです。
いいなと思ったら応援しよう!
是非応援のほどよろしくお願いいたします。いただいたチップは奥さんと娘のやりたい事、食べたいものに使わせていただきます!😂