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思い出は、未来がなくても消えない|創作大賞感想

野やぎさんのエッセイ『ポップコーンが弾けるとき。』を読んだ。ネタバレせずに感想を書ける自信がないから、とりあえずまずは読んでほしい。

はじめは、ほのぼのとした話かと思って読んでいた。とうもろこしの種に「爆裂種」というものがあるのも、はじめて知った。種から育ててポップコーンを食べる話なんだと思っていた。なのに、なぜ一行目にGoogleマップに保存した場所のことを書いてあるのか、不思議だった。

読んでいくうちに、気づいた。このエッセイには、2つの時間軸があると。家庭菜園のとうもろこしが育ってポップコーンになっていく軸と、Googleマップに保存した場所へ行く軸がある。ポップコーンへの期待と、盛岡への旅。旅の方は泣き出しそうな空という描写が、心をざわつかせる。楽しい旅の1ページのように見えるのに、不安が垣間見えるのはなぜだろう。

大量に収穫できたポップコーンを、学生時代からの友人に贈った後、まさかの展開に息を呑んだ。明るくほのぼのしたエッセイの隙間に漂っていた不安が、ここで的中してしまった。Googleマップに保存したのは、Uちゃんが眠るお寺のことだったんだ。手紙を読んだ野やぎさんが泣いたように、私の目からも涙が溢れた。

本当だとは信じたくなかったはず。私にも友人を亡くした経験があって、その時は信じたくなかったから。お寺の場所に足が向かないのは、わかる気がする。私も信じたくなくて、お墓になかなか行けなかった。

嘘じゃなかった。本当だった。
嘘がよかった。本当に。
嘘でよかったのに。

Googleマップにピンを打ったお寺に辿り着いてしまい、思い出が弾けていく場面は、涙なしで読めなかった。ポップコーンが弾けるように、思い出が止まらない。でもその思い出には、未来がない。Uちゃんと過ごせるはずだった未来は、なくなってしまった。墓石に刻まれた名前を見るときの感覚は私にも覚えがあるけど、信じたくない気持ち以上にしっかり彫られていて、現実のものとして受け止めなければならない重々しさがある。野やぎさんの心中を思いやると、かける言葉が見つからない。

でも。もう誰かにもう会えなくても、悲しくても、その世界でなんとかこうにかやり過ごしていくしかない。だって、こっちはさ、毎日笑ったり、泣いたり、怒ったり、お腹が空いたりするんだもん。していくしかないんよ。

思い出の中で、Uちゃんは生きている。思い出を携えて、残された者は生きていくしかない。

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