テトリス野郎の愛はハマらない【三題噺 掌編小説】
今回の三題噺のお題
・テトリス
・狙いうち
・春一番
「よく、飽きないよね」
みのりが呆れている。俺もそう思う。なんでテトリスは飽きないんだろう。時間さえあれば、延々と続けていられる。
みのりと2人で暮らすようになって半年。みのりの家に俺が転がり込んでくる形で、同棲が始まった。
暇さえあればテトリスをやっている俺に、みのりは辛抱強く付き合ってくれた。スマホばかり見るよりはテトリスの方がマシだろうと思っている。けど、そうでもないかもしれないと最近思う。みのりの態度が、だんだんと冷たくなっているのをひしひしと感じているからだ。
「明日から出張で3日間家を空けるの」
「そうなんだ。気をつけて」
テトリスの最中に声をかけるなと言っておいたにも関わらず、みのりが話しかけてくる。出張について話すみのりの声は遠くに聞こえ、俺はテトリスの世界から抜け出せない。いや、抜け出したくない。
テトリスをやっている時は、気持ちが無になる。それが心地よくて、悩みを抱えている時ほどテトリスに手を出してしまう。
本当は、みのりと話したほうがいいのだろう。一緒に暮らすようになってから、必要最小限の会話しか交わさなくなった。関係が日に日に冷えていくのはわかったけど、テトリスのない時間など俺には考えられない。
テトリスは、俺が学生時代にいじめられていた時からずっと続けている。嫌なことがあっても、テトリスさえやっていれば大丈夫だった。テトリスがなければ、今ごろどうなっていたかわからない。イジメに心が折れ、ここにはいなかったかもしれない。テトリスは俺にとって、命の恩人のようなものだ。
以前、みのりにもこのことは話した。だから、テトリスの重要性はわかってくれているはず。そう思っていた。
「……いってね」
遠くからまたみのりの声がする。何て言ったかわからなくて返事をしないでいたら、何かが肩に当たった。ボールペンだった。
「何だよ。危ないだろ」
そうは言うものの、テトリスの画面から目は離さず、ボールペンをみのりに返した。ブロックが綺麗にハマって、3列同時に消える。そのまま次もうまくハマって、連続技が決まった。爽快だ。この瞬間がテトリスの醍醐味。
「あのさ!」
みのりが大声を上げた。そしてまたボールペンが飛んでくる。今度は頬に当たった。顔を狙いうちしていたらしい。顔を上げると、睨みつけられた。どうやら怒っている。俺はテトリスから目を離した。
「どうしたんだよ」
すると、みのりが声を震わせた。
「出ていってくれないかな、この家から。私は、あなたのテトリスを見守るために一緒に住んでいるんじゃない」
突然の宣告に、俺はうろたえた。と同時に、怒りが湧いてきた。
「何だよ、家にいる時ぐらい好きなことやらせてくれよ。これでも外では我慢してるんだぞ、テトリス」
すると、信じられないといった表情でみのりが言った。
「だからって、私が話している間ずっとテトリスやらなくてもいいじゃない!話をいい加減に聞いているから、内容を全然覚えてないし。会話もできないようじゃ、一緒に暮らしている意味がない」
どうやら、俺は勘違いをしていたようだ。テトリスのことは理解してもらっていると思っていたけど、そんなことはないらしい。
「そんなこと言ったって、俺からテトリスとったら何も残らないぞ。テトリスがないと俺は生きていけないんだ」
俺の正論をぶちかましたつもりだったが、みのりはそっぽを向いた。
「あっそう。同棲する恋人より、ずっと長い付き合いのテトリスの方がいいってわけね。よくわかった。じゃあ出てって。私の出張中に荷物をまとめて、さっさといなくなってくれる?」
それだけ言うと、みのりは寝室へ引き上げていった。
1人になった俺は、まだ怒りが収まらない。冷静になろうとコンビニへ出かけることにした。外に出たら、冷静になれるかもしれない。
外はすっかり暗くなっていた。
ふと突風が吹きつける。
もしかして、春一番だろうか。
今年はまだニュースで聞いていないな、春一番。知らないうちに春が近づいているのを感じてはいるけど、春一番のニュースにはなっていなかった気がする。それとも俺が、テトリスに没頭していただけで知らないだけだろうか。
ふと、みのりのことを考えた。テトリスをやっていても、これまで文句を一つも言わなかったみのり。俺はわがままをいったことはないが、テトリスだけは優先していた。そのことについて、みのりからクレームが来たのは、今回が初めてだった。だから、どう返したらいいかわからなくて、思わず怒ってしまった。
こういう時は、テトリスに限る。
俺はスマホを取り出して、テトリスのアプリを開いた。
ブロックが落ちてきて、隙間にハマる。
列がさぁーっと消えた。
うん。これがいい。
しっくりくる。
そう思った瞬間、どこかで何かがきれいに崩れた。
さっきまですぐそばにあったはずのもの。
頭の中に、みのりの顔が浮かぶ。
歪んでいる。
その残像を消すように、ブロックを当てはめた。
ヤスさんの三題噺に、久々に参加しました。
久々の掌編小説は、難しかったです。
