哲学対話書簡 「大人になるってどういうこと⑤」
「哲学」というと、なんだか難しく思えますが、実は意外と身近なものだと思います。あたりまえと思っていることをもう一度、ちょっとだけ考えてみたい。気になるテーマがあれば一緒に考えてみませんか。「#哲学対話書簡」で投稿お願いします。
とあるお母さんが泣いていた。
「それを教えるのが、大人である親の役割で責任なんじゃないの?」
こんなセリフを吐いて泣かせたのは、我が家の長男だった。
中学に上がったばかりの頃だ。
長男は、生き物が好きだ。ある日、次男が、ちょっと珍しいカブトムシを卒園した幼稚園に持って来ている子がいるという話をした。さらに、あまり丁寧に扱われていないことも。生き物好きの血が騒ぐ。
しかし、どうにも伝わらない。カブトムシは玩具のように扱われ続ける。長男は、次の作戦を考える。「カブトムシの扱い方」という手書きのメモを夜な夜な制作する。子どもたちに伝えるも、玉砕。最後の手段として、子どもたちのお母さんに伝えに行った。
同じ言語でも、同じ言語ではないことがままある。
「子どもを尊重してまかせている」と言った相手に、「尊重する前に、大事なことを教えるのが、大人である親の責任なんじゃないのか」と言い放った。
正論すぎて、ぐうの音も出ない。き、キツイっす、兄さん。
他のお母さんから「なんだか険悪なことになってるよ!」と声を掛けられ、現場に急行した。
泣いている。ガチで泣いている。どうしたものか。
とりあえず、話を聞く。
きっかけは、カブトムシのことだったかもしれないが、「大人の責任」「親の責任」と言われたことが辛かったのだという。
「まだ、親とか大人の責任や立場を理解していない部分もあるとは思うんだけど・・・キツイ物言いだったでしょう?嫌な思いをさせちゃって、ごめんね。生き物のことになると、譲れない部分があるんだと思うんだよね・・・。」
フォローしてるんだか、していないんだか・・・。でも、表面上は和解にこぎつけた。
大人も、大変なのだ。
外でも家でも、毎日、責任の嵐の中に居る。何かあれば「大人の責任」を問われる。子どもたちを毎日元気に生かしておくミッションが両肩にのしかかっている。その重さにくじけそうになることもある。それでも、地に足を着けて、肚に力を入れて、持ち続ける。
「あなたの言ってることは、正しいと思うよ。本当にそうだし、そう在りたいと思うよ。でもさ、大人だってさ、いろんな人がいて、いろいろあって、大変なんだよ。まぁ、ちょっと大目にみてあげてよ。」
長男は、スンとして、「まったく、大人たちは、本当にしょうがないな・・・」とつぶやいた。
大人も頑張ってる。
ちょっと無理して、肩肘張って。
時々くじけて、泣いたりもする。
時には、少し「大人」を休みたくなる。
もうダメだ~って思いながらも、大人をやっている。
高校生になった長男がこんなこと言っていた。
「コレ言っても伝わらないだろうな~って思うとさ、エネルギーと時間の無駄って思っちゃって、スルーできちゃうんだけど、そういう自分が、なんかイヤなんだよね。」
大人になるということは、できる人になることではなく、自分のできなさを知りながら、それでも誰かのために引き受けることなのかもしれない。
長男の横顔を見ながら、そんなことを思うのだった。
次のテーマは「友だちは、たくさんいた方がいいのか」です。
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