理解度
「状況を理解できない」
ここが肝となるのかな……
進む方向の分かれ道
状況を理解できれば、
納得がいくものではなくとも、
最善や合理的な考えの方向へ向かう
物事を一方向だけで考えれば
状況整理も感情整理も難しくなる
多角的に多面体に論理的思考で
理性的に収めていくことができるか
出来事の内容そのものへの理解もあるし、
出来事からの人の感情の理解もある
その全体像の理解が追いつかなければ
状況の整理も感情の整理も難しいだろう
腹に落としていくこともできなくなる
認知的不協和は、
自分にとって都合良い行為を正当化して
自己正当化へ
周りが見えにくく
状況整理も感情整理も滞る
理解が追いつかないないことは
ストレスを抱え
不適切な認知や行為を生んでいくのだろう
「状況を理解できるか」
全ての人ができるわけではない
見え方はそれぞれにあり
理解できても、感情はまた別であったり
それは
個人の備わっているもの
これまでの経験、生い立ち、
周りにいる人、環境
そういったものが影響している
自分と他人は同じでは無い
つまり
理解できるのが当たり前や常識、
というものではない
もちろん、広く一般的に考えられるものもある
だが、それは一律となるものでもない
得手不得手だってある
足の速さの速い遅いがあるように
身長の高い低いがあるように
人はいろいろさまざまで
弱い範囲、弱い立場もあって
そのような人がいることを
忘れてはならない
人は自分のいる場所が普通や常識と思うものだ
それは、そういう場所にいるから
そう感じて見てしまっている
弱い立場を感じているものは
普通や常識に敏感にもなる
正規分布の図をいつも頭に入れておきたいもの
真ん中から外れる領域もあるのだと
自分の正しさとはなんだろうか?
人へ向けるものではなく
自分自身へ向けるものではないだろうか
その人にあったもの
社会にあったもの
状況にあったもの
それはその時々にその人その人にあるため
自分自身へ向けたものであるのだろう
と、同時にそれは
周りや社会での視点をも持つものだ
人へ向けての正しさは
自己正当化に聞こえもし
不平不満のように見えもする
状況整理、感情整理を
どこまでできているのかな……
と、感じてしまうのは私だけだろうか
自分がそうなった際も
自分自身へ
同じように問うこともできるのに
そういった
自己理解や他者理解に
つなげていけるといいのにな
今日もまた、仕事帰りに頼りになる仲間と
お茶をしながら少しの時間語った
自分についてや
関わりあるさまざまな人について
話をして、理解を深めた
話すことで
やはり考えが広がり深まる
昨年からずっとらいつも以上に、
自分を内観しているからなのか
進む道を考えているからなのか
理解することについて
言葉にしてみたくなった
理解の精度を高める日々の中で…
・・お読みいただきありがとうございます・・
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