領域展開する初の女性首相
日本で初めて女性が首相に就任しました。
これは歴史的意義をもつ出来事だ。と、考えていたら、こんな時間になってしまいました。夜中が明けたじゃん。
政治の話題は、ついつい熱を帯びやすく、語り方を間違えると人との距離を生みかねないものです。
だからこそ、普段、日常会話であまり話題にしないテーマである「政治」を、noteという場所で整理しておきたい。そう思ったのが、今回この記事を書くきっかけです。
「政治と野球と宗教の話は控えた方がいい」とよく言われます。盛り上がるけど、だいたいだれかが不満を抱いて終わっちゃう。
でも、避けられがちなテーマだからこそ、自分の中でだけは、丁寧に向き合っておいて、一応こんな感じかなぁ。と整理しておく価値があるのではないか——。
そんな思いでもって、少しだけ考えをまとめておきます。
1.日本初の女性首相誕生の意味を考える
高市早苗の総理就任は、日本における女性の政治参加という長い歴史の中で、大きな節目になったことは間違いありません。
同時に、世界的な文脈で見ても、日本がようやく「次の段階」に足を踏み入れた瞬間とも言えるかもしれません。
アジアではすでに、インドのインディラ・ガンディー、韓国の朴槿恵(パク・クネ)、バングラデシュのシェイク・ハシナなど、女性リーダーが政治の最前線に立ってきました。
日本だけが特別に遅れていたわけではありませんが、「経済大国としての日本」がようやく女性トップを持ったことは、国際的にも象徴的な意味を持っているように感じます。良いニュースです。
海外メディアが「ガラスの天井を破った」と報じていたのも印象的でした。
「ガラスの天井」って言うのは、女性がどれだけ努力しても、ある一定のポジション以上には昇進できないという、目に見えない壁のことを指します。
高市首相の誕生は、そうした見えない障壁をより崩すきっかけとなっていくのかもしれません。
2.女性天皇の可能性との違い
よく比較される話題として、「女性天皇が誕生したらどうか」という議論があります。調べてみたところ
もしそれが実現した場合、日本社会へのインパクトは計り知れないものになるでしょう。
ただし、その意味合いは政治的リーダー(女性首相)の誕生とは少し異なります。
天皇は象徴であり、政治的な権限を持たない存在です。
一方、首相は実際に国の方針を決め、政策を実行していく立場にあります。
ですから、高市首相の就任は、より直接的に「社会を動かす力を持つ女性」が日本の頂点に立ったという点で、世界に対して具体的なメッセージを発しているのだと思います。
3.なぜ日本の報道は控えめなのか
私が少し不思議に感じたのは、このニュースが「歴史的快挙」であるわりには、国内報道では淡々と扱われていたように見えたことです。
その理由はいくつか考えられます。
まず、世界的にはすでに女性リーダーの誕生が珍しくなくなってきているから、「慣れ」のようなものがあるのかもしれません。
あるいは、日本では「誰が首相になっても政治はそう大きくは変わらない」という感覚が根強くって、象徴的な出来事として受け止められにくかったのかもしれません。
もうひとつの可能性として、「性別よりも政策」という価値観がすでに浸透している。ってことも考えられます。
つまり、「女性だから」ではなく「誰がどういう考えで政治を行うか」に注目する人が増えている。
それ自体は成熟した社会のあり方とも言えますが、その裏側で「女性が首相になった」という社会的変化の意味が薄まっているとも言えるかもしれません。
4.韓国・朴槿恵氏の就任時との違い
韓国で朴槿恵氏が大統領に就任したとき、世界中が注目しました。
「アジア初の女性リーダー」として大きな期待が寄せられ、当時のメディア報道も非常に熱を帯びていました。
日本との違いは、社会全体が「新しい時代の幕開け」として盛り上がった点にあるように思います。
もちろん、その後の政治的評価は賛否ありましたが、少なくとも社会が「変わるかもしれない」と感じるエネルギーを感じた事を覚えています。
一方、日本ではその熱量が比較的穏やかで、むしろ冷静に受け止められている印象に感じました。
それは、日本社会が成熟したとも言えるし、変化に慎重な国民性を反映しているとも言えるでしょう。
どちらが良い・悪いという話ではなく、日本らしいバランス感覚の現れ。という気もします。
5.「誰がやっても同じ」という感覚の中で
日本には、「首相が変わっても政治は変わらない」という言葉があります。
それは政治システムの構造的な特徴でもあり、ある種の安定感の裏返しかもしれません。
ただ、その安定の中にも、少しずつ芽吹く変化があるように思います。
たとえば、女性のリーダー誕生によって、若い世代や働く女性たちが「私たちにも可能性がある」と感じる。
そうした小さな希望の連鎖が、じわじわと社会を動かしていくのかもしれません。
「誰がやっても同じ」という言葉の中には、ある種の諦めと安心が同居しています。
この考え方が私はすごく好きです。
その中には「誰がやってもいい時代になった」という前向きな意味を見出すこともできる気もします。
そう考えると、高市首相の就任は、社会意識が少しだけ変わるきっかけになったのかもしれません。
正直に言うと、私は政治の話を人前でするのが得意ではありません。
意見が分かれたり、誤解されたりすることが怖いという気持ちもあります。
でも、だからこそnoteでは、自分の中でじっくり考えたことを「一つの見方」として残しておきたいなと思いました。
ここは、賛成か反対かを争う場所ではなく、「こう感じた」という素直な感覚を共有できる場所だと感じているからです。
高市氏の女性首相就任は、単なる政治ニュースというよりも、社会の価値観がどう変わっていくかを考えるきっかけになる出来事のように思います。
もしかしたら数年後には、「そんな時代もあったね」と笑い話にできるかもしれません。
けれど、今この瞬間を記録しておくことには、きっと意味があるようか気がします。
しめくくりとして言うなら、高市早苗による女性首相の誕生は、もはや政治の領域を超えた——領域展開した(笑)——出来事だと思います。
だって、女性が権力の中枢に立つなんて、ついにこの国の呪いが解けたのか? みたいな瞬間に感じたんですもん。
もちろん、政治的な意味だけじゃなくて、「日本社会もようやく多様性を受け入れたんだよ」というサインにも見えます。
……ってまぁそう思って興味深く見ていたんですが、
マスメディアの扱いが意外とあっさりしていて。
「いや、もう出来てるし?」みたいな雰囲気で報道してるみたいに感じたんですよね。
たぶんそこで、私としてはちょっと滑稽に見えたんだと思います。
こちとら「ついに領域展開か!」とテンション上げてるのに、世の中はもう淡々とアップデート済みですからみたいに話してるからさ、
社会の変化って、意外と静かに発動してるものなんですね。
ほんとかなぁ。。。
・・・小泉進次郎が歴代最年少首相に選ばれていても、同じような事を言って、感想文を書くのだろうなと思いました。
そら私と政治の話しても、おもろくないわな(笑)すみません。
なんならコーネリア・リ・ブリタニアみたいな若くて美しい女性が日本の首相になれば一番ええのになと思ってるものですから。
いやだからさ、歳的には難しいだろうから、実年齢64歳なのに28歳の見た目になる。みたいな美容技術の進歩に期待を寄せています。
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