拝啓 サンフェーデッド専門ch様
拝啓
これは私信、あるいは果たし状。
私以上にサンフェーデッドについて熱く語れるのは長谷川白紙さん本人以外いないと自負しています
というサンフェーデッド専門ch様の発言に対して私以上に疑義を唱えられる人はいないと自負しています。
初めまして。スバラシティプレイヤーと申します。
皆さんは、"学園アイドルマスター"というゲームをご存知でしょうか。ご存知ですね。説明の手間が省けてよかったです。
7/30の18時頃、YouTubeのオススメフィードに表示された
『サンフェーデッド(SUNFADED)が偉大すぎる理由【学園アイドルマスター】』
なる動画を私がスルーするはずがありませんでした。
「挑戦者求む」とのことでしたが、当方キモすぎるオタク、YouTubeはROM専なため、noteにて失礼いたします。
サンフェーデッド専門ch様に向けて、ということではありますが、ご興味を持っていただいた皆さんにも是非見ていただきたく、書いております。
また、この先では寧ろ不特定多数の読者を意識して書くこととして、サンフェーデッド専門ch様への敬称を省略させていただきますので、ご了承ください。
また出発点の主張が「私の方がサンフェーデッド専門ch様よりも『サンフェーデッド』の魅力を熱く語れる」であるために言いにくいのですが、本noteはサンフェ―デッド専門ch様を非常にリスペクトした上で書いております。攻撃的、挑戦的に見える部分もあるかと思いますが、失礼をお許しいただけたら幸いです。
というところで、本note記事の構成は次の通りです。
適当に飛ばしながら読んでいただいて構いません。
①自己紹介 ——サンフェーデッド専門chよりも熱く語れるという主張
改めまして、はじめまして、スバラシティプレイヤーと申します。
普段は細々と物書きなんかをやっておりまして、今も原稿の締め切りに追われている身でありながら、隙間時間でこの記事を書いております。なるべく早く公開したいと思いながら大急ぎで書いておりますので、温かい目で読んでいただければ幸いです。
というような自己開示を重ねようというのではなく、私こそがサンフェーデッドについて最も熱く語れる人間であると主張するために、端的に私についてお伝えさせてください。ただし、「サンフェーデッド専門chよりも熱く語れるという主張」とは書きましたが、私とサンフェーデッド専門chのそれぞれの要素を比較して、その主張の根拠として提出するものではありません。サンフェーデッド専門chが何者なのか、その細かな人物像は明らかではありませんし。
まず、学園アイドルマスターのプレイ実績ですが、8/1時点のゲーム内通知表データによりますと、総出席日数405日、総プロデュース回数1096回となっております。
担当は勿論、篠澤広です。


碌なユーモアを持ち合わせないオタクであるため、普段は篠澤広のことを面白いと思って「Shino Sawahiro」と呼んでいるのですが(過去記事)、いくら何でもキモすぎるため、この記事では自重しています。
お恥ずかしながら、アイドルマスターシリーズの他タイトルについてはプレイ経験がなく、学マスプレイ以前に認知していたアイマス関連楽曲は『Town』『プリコグ』『チョコデート・サンデー』などに限られます。このことすら共感や説得力に繋がると思って自嘲的に書いてしまっているわけですが。
そして嗜好する音楽ですが、当然、長谷川白紙を敬愛しています。


一方で、動画をご覧になった方にはわかる通り、長谷川白紙の音楽に限らず多くの音楽を聴き、それについて語れなければならないわけですから、自分が普段聴いている音楽にも簡単に触れておこうかと思います。
主には日本国内のオルタナを中心に聴いており、具体的なアーティスト名については、どれだけの数をどこから挙げていいのかと思考停止してしまう、という表現で共感を稼ぎつつ、観念して10アーティストほど記しておきます。
ART-SCHOOL
Galileo Galilei
きのこ帝国
君島大空
the cabs
THE NOVEMBERS
長谷川白紙
People In The Box
フジファブリック
plenty
(五十音順)
当然、私だって到底書き尽くせないことを苦しく思っていますから、ぼんやりと私の嗜好を捉える参考に使っていただければと思います。ご容赦ください。
その他、国外のアーティストも新旧問わず聴いているという自負はあります。この先もお読みいただく材料にしていただければ十分と思って、自己紹介は以上にしましょう。

②サンフェーデッド専門chの『サンフェーデッド』評に対するリアクション
さて、自己紹介を済ませたところで、実際に『サンフェーデッド』について熱く語っていこうというわけですが、卑怯にもまずは、サンフェーデッド専門chの動画に対するリアクションから始めようと思います。
卑怯だ、というのは、これが後攻有利な勝負、または後出しジャンケンだからです。しかし、私がこのnoteを書こうと思い立った一番の動機は、サンフェーデッド専門chに対して、行き場なく湧き上がる反論にあり、また読者としても効率的に『サンフェーデッド』評に触れることができると考えたため、ご了承いただけましたら幸いです。
つきましては、読者の皆様には私のリアクションに対してもまたより一層厳しい目線を向けていただけたらと思います。
以下、本節では引用は断りのない限り、サンフェーデッド専門ch『サンフェーデッド(SUNFADED)が偉大すぎる理由【学園アイドルマスター】』からとします。
出典として動画中のタイムスタンプを併記します。編者註は[ ]で表記します。
また、元動画は同じ内容の繰り返しになる部分が非常に多くあるため、既に言及した部分についてはスルーする場合があります。
私以上にサンフェーデッドについて熱く語れるのは長谷川白紙さん本人以外いないと自負しています
私がいます。
【20秒でわかるサンフェーデッド感想】
[略]
この楽曲を作るにあたり、長谷川白紙さんが
何故、オルタナティブロックの音像を選択して、
何故、シンプルなバンドの楽器構成にし、
何故、シューゲイザーの歌い方を選択して、
何故、この歌詞にしたのか、
私は、それを知りたくなります。
「シューゲイザー」の歌い方という意識の下で篠澤広の従来の歌い方と区別されているだろうか、というところには若干引っかかりますが、この感想には共感します。
【20秒でわかる感想(長谷川白紙さんへの感謝の気持ち)】
[略]
長谷川白紙さんという、音楽における武器の多い人間が
・篠澤さんの魅力を引き出す手段として
オルタナティブロックやシューゲイザーを選択し
・その魅力を最大限にするため、引き算の音楽をし
・熱意をもって一切の妥協をしなかった
この部分にも強く共感出来ます。だからこそ、続く動画内での考察・批評がなされたことが不思議に思いました。読者の方も、もし覚えていたら本節を読み終わった際にもう一度ここに戻ってみてください。
何故、この批評になったのか、
私は、それを知りたくなります。
[長谷川白紙について]初期アルバム「diorama」や「Yankee[原文ママ]」時代の米津玄師さんの変わった音使いをもっと振り切ったような不思議な音が跳ね回るユニークな楽曲が多いです
想定する視聴者層があっての例示なのかもしれませんが、同意はしにくいです。
そんな長谷川白紙さんがサンフェーデッドの作成するにあたって選んだのは骨太な爆音オルタナティブロック、シューゲイザーでした[原文ママ]
『サンフェーデッド』のジャンル分けについては次節「③スバラシティプレイヤーによる『サンフェーデッド』評 ——音楽ジャンルについて」にて取り扱います。
アイドルマスターという大ヒットコンテンツとオルタナティブロックやシューゲイザーは非常に相性が悪いです
これは正しいのでしょうか。動画ではこの後、その論拠が続くが、それについても適宜批判します。
なぜならオルタナティブロックはもともと商業ロック(主流のロック)に対抗する手段として、俗に言う売れ線ではない音作りをしたロックを大まかには指します
まず「音作り」からオルタナティブロックを定義するのには違和感があります。
また、オルタナティブロックという言葉・ジャンル名は、オルタナティブロックの勃興当時(具体的な時期には諸説ありますが、いずれにせよ)には、動画でもあるような「もともと」の意味で、オルタナティブなロックとして使われた言葉でしたが、現在オルタナティブロックというジャンルが指す音楽は、大きく二つに分かれています。一つはオルタナティブロックの勃興当時の精神性を継承し、現在の大衆的なロックに対置するロック、もう一つはオルタナティブロックの勃興当時の音楽性を継承し、結果として現在ではハードロックを差し置いて主流になっているロックです。オルタナティブロックというジャンル分けを持ち出したのはサンフェーデッド専門chなので、その言葉尻を取ってもという感じもありますが。主張の展開として前者の意味で解釈すべきかと思いますが、「もともと」など歴史を踏まえた説明は誤解を与える表現だと思います。
大衆に笑顔や元気を届けるアイドルとの親和性は最悪であり、暗かったり、うるさかったり、凄さが分かりづらい楽曲が多いです
まず事実として、シューゲイザーはじめオルタナティブロックを楽曲に取り入れるアイドルは、枚挙に暇がなく、プロデュース戦略として非凡であるとは言い難いです。また、反商業的なロックが大衆に笑顔や元気を届けるアイドルとの親和性が最悪であるという指摘もよくわかりません。オルタナティブロックは凄さが分かりづらいというのもよくわかりませんし、凄さが分かりづらいことが弱点であるという指摘もよくわかりません。凄いか凄くないかならいざ知らず、凄さが分かりやすい分かりにくいとはどういう指標なのでしょうか。
そして商業の観点でも本来は避けるべきジャンルです
いっぱい曲を聴いてもらう必要があるのに、売れ線ではない音作りの楽曲になってしまうからです
前半部分には同意します。
音楽は芸術表現であり、コンポーザーを始めアーティストは表現として曲を作り発表します。その音楽性の選択に商業性は介在せず、内的な要請によって音楽性は決定します。ただし、アイドルは他人が書いた曲をプロデューサーの意向によってパフォーマンスする例外的存在であり、楽曲を制作する上でそれが意に反して反商業的な音楽になってしまうことはありません。
後半部分の「音作り」という表現に関してはやはりよくわかりません。サンフェーデッド専門chはサウンドメイキングなどとは違う意味で「音作り」という言葉を用いているのでしょうか。
篠澤さんは「アイドルマスター」のアイドルでありビッグコンテンツの人気キャラクターであるため「商業」から切り離せないからです
篠澤広がビッグコンテンツ「アイドルマスター」の人気キャラクターであることは間違いない事実ですが、「光景」を引っ提げて出てきた以上、「商業」から切り離せない、その意味でシューゲイザーができない、と言うことはできないでしょう。一縷の望みどころの話ではありません。そもそも、そうやって彼女に対してアイドルだ、人気者だ、というレッテルを貼って、勝手に恐縮して話しかけようともしない、そういう態度が彼女に寂しい思いをさせてたんじゃないのか?
「光景」、「コントラスト」といった楽曲はかなり芸術に寄っており商業と芸術どちらも成立させられる、絶妙なバランスを持っていました
商業性と芸術性が両立可能であると認めてしまうのなら、これまでの話はなんだったのでしょう。
つまり芸術的表現としてシューゲイザーが使われる可能性があると思っていました
正しくそれをサンフェーデッド専門chは「夢」と表現していたわけですが、描くことのできる程度の夢にしては大げさに持ち上げすぎだったのでしょう。別にありえないことが起こったわけではないということです。
サンフェーデッドが来るまで、自分の中でコントラストが全アイマス楽曲の中でトップでした
この記述をもって、「私[サンフェーデッド専門ch]以上にサンフェーデッドについて熱く語れるのは長谷川白紙さん本人以外いない」という命題は、スバラシティプレイヤーの存在という反例によって否定されます。
芸術的表現としてのシューゲイザーは、日本のメジャー音楽シーンで言うと、羊文楽[原文ママ]などが取り入れています/羊文楽[原文ママ]は元から王道のシンプルなコード進行のロックに、ホーリーな世界観を加えたことで/唯一無二の音楽性を作り上げたアーティストであり、その表現としてシューゲイザーの音は昔から使っていました
羊文学が、商業的な音楽性を土台にしていたところに芸術的な表現としてシューゲイザーを取り入れた、という順序の主張が正しいとは思えません。羊文学が取り入れた商業性っていうのは、フロントマンのビジュアルや喋り方でしょう。
こういうサウンドでも一般層が受け入れてくれる可能性があることが分かったのは、非常に大きいです
羊文学はサウンドの点で一般層に受け入れられるべく作風を変えて売れていったように思います。サンフェーデッド専門chが後述するきのこ帝国もそうです。ちなみにそれぞれ転換点は『1999』、『猫とアレルギー』だと私は感じています。
ド直球のオルタナティブロック、シューゲイザーのサウンド!
『サンフェーデッド』のジャンル分けについては次節「③スバラシティプレイヤーによる『サンフェーデッド』評 ——音楽ジャンルについて」にて取り扱います。
商業の要素が強くあるアニメやゲームのコンテンツ内で、このような骨太のオルタナティブロック、シューゲイザーのサウンドだけで構成された楽曲を、私は知りません
これは、主題歌や劇伴ではなく、作中作に位置づけられる楽曲として、ということでしょうか。
一例として挙げるなら、
『サテライト』/ in NO hurry to shout;
はどうでしょう。
必ずどこかにアニメ的なニュアンスが加えられます
サンフェーデッドから”アニメ的なニュアンス”を読み取る余地は本当にないのでしょうか?
「ぼっち・ざ・ろっく」ですら、一部の曲はアニメ的ロック楽曲でした
助詞の使い方に違和感を感じますが、「ぼっち・ざ・ろっく」には純粋なオルタナティブロックと言える楽曲がない中で、アニメ的なニュアンスを含む楽曲はその存在を認める、という意味でしょうか。また同時にそれ以外は、オルタナティブロックとは呼び難い、ということなのでしょう。
(「ぼっち・ざ・ろっく」(結束バンド)の楽曲に明るくないため、これ以上は言及しません)
オルタナティブロックやシューゲイザーのサウンドだけで構成された曲など商業として成立しないはずなのです
やはりサウンドに限った言い方なのが気になります。
また、大前提、オルタナティブロックは最大利益の追求ではないにしろ、商業として成立させることのできる音楽ではあるように思います。
なぜならオルタナティブロックやシューゲイザーのサウンドは直感的に分かりづらく/耳当たりがいいわけでもなく、キャッチーなメロディーがついてるわけでもないため、とにかく分かりづらい、伝わりづらい楽曲だからです
このテーゼ自体にも反論の余地はありますが、ここで今『サンフェーデッド』に関する話をわざわざジャンルに還元して論じるのではなく、『サンフェーデッド』という楽曲について論じるとき、本当に『サンフェーデッド』のサウンドは直感的に分かりづらく、耳当たりがいいわけでもなく、キャッチーなメロディーがついてるわけでもなく、とにかく分かりづらい、伝わりづらい楽曲なのだろうでしょうか。少なくとも私は全くそうは思いません。
サンフェーデッドはオルタナティブロックやシューゲイザーという一般受けしないジャンルを一切テコ入れせずに、そのまま出してきました
一切テコ入れせずに、とは思いません。
『サンフェーデッド』のジャンル分けについては次節「③スバラシティプレイヤーによる『サンフェーデッド』評 ——音楽ジャンルについて」にて取り扱います。
「聞くわけがない」
多少の誇張や言い切りには目を瞑りますよ!
篠澤広が築いたブランドもといイメージへの信頼がないと成り立ちません
知らないアーティストだったら聴いてもらえないような音楽が発表できるのは(聴いてもらえるのは)篠澤広が知られているから、というのは循環論法ではないでしょうか。
篠澤広にはリスナーにサンフェーデッドの曲調を受け入れさせるアーティスト像が他のアイドル以上に醸成されていた、という主張には同意できます。
普通は商業的なことを考えてできませんよ
本当に心の底から敬意を表します
長谷川白紙は依頼を受けて楽曲を制作する、自立したアーティストであり、篠澤広のプロデューサーではありません。楽曲制作において本来なら商業的な意図が介在するはずだというのは失礼ではないでしょうか。
「あ、これでもいいんだ」と思う音楽関係者も出てくるかもしれません
この主張は、長谷川白紙の存在が透明化され過ぎてはいないでしょうか。良くない意味で。無視されています。
これは主観的な意見ですが、実際に売れているアイドルソングとそれに対して反商業的なシューゲイザー楽曲という軸で音楽を評価した際に、長谷川白紙が氏の名義で発表してきた音楽は、あるいは『光景』でさえも、私にはシューゲイザーよりも商業性の低い、受け入れるファンの絶対数の少ない音楽に思われます。私が最初に『サンフェーデッド』を聴いたとき、私はそれが長谷川白紙の曲であると知った上で聴きましたが、「直球で来たな」と思ったものです。より細かく私個人のファーストインプレッションについて記しておくと、長谷川白紙が篠澤広(の楽曲を今後制作する人たち)にロックを解放した、と感じました。『光景』に始まって『コントラスト』『メクルメ』を経た篠澤広の肩の力を抜いてあげるような。そのように、私は『サンフェーデッド』をより聴きやすい音楽として受け取っていました。
なぜならメタルには分かりやすい超絶技巧があるからです
この分かりやすいというのは商業において本当に重要です
BABYMETALについて言うならば、彼女らはメタルの超絶技巧の部分を担っているとは言えず、そのような論法でシューゲイザーと比較して相性がいいとは言いにくい気がします。あるいはアイドルが超絶技巧を担うかに関わらず、メタルそれ自体が超絶技巧というセールスポイントがあって、シューゲイザー以上に聴きやすい音楽である、という主張なのでしょうか。それは私の市場規模の肌感覚とは一致しませんが。またあるいは、メタルは音楽としてではなく楽しめる部分がある、という主張なのでしょうか。アイドルのファン層を相手に純粋に音楽の魅力で勝負するのではなく、超絶技巧などの色物で客を惹きつけよう、と。この部分についてはここでこれ以上深追いしないことにしましょう。
・アイドルを目指すことが「夢」で、「アイドルになること」は趣味
あれ、そうでしたっけ。親愛度コミュでは確かに、「夢」と「趣味」、「アイドルになること」と「アイドルを目指すこと」が対立した概念として整理されていましたが、篠澤広にとって、「アイドルを目指すこと」が「趣味」であって、「アイドルになること」が篠澤広にとって何であるかや、何が篠澤広にとって「夢」であるかについては語られず、当然それら同士が結びつけられることもなかった、という風に私は読んでいました。
日本で商業系のロックバンドというと
・back nunber[原文ママ]
・Mrs. GREEN APPLE
などになります
モゴモゴと何かを言いたくなりますが、サンフェーデッド専門chの想定した視聴者層に向けての説明において何がベストかは言えません。
その他、この後挙げられる固有名詞についても、同様の理由で沈黙せざるを得ません。
シューゲイザーについてですが、オルタナティブロックの一部ともされてたりしますが、起源は全く別です
ロックは音楽とは起源が全く別ですが、ロックは音楽の一部です。
サンフェーデッドを聴いて
・浮遊感がある
『サンフェーデッド』のジャンル分けについては次節「③スバラシティプレイヤーによる『サンフェーデッド』評 ——音楽ジャンルについて」にて詳しく取り扱いますが、これには同意しがたいです。寧ろ、「疾走感がある」と思いました。浮遊感と疾走感は対立概念ではありませんが。
【サンフェーデッドはシューゲイザーなの?】
オルタナティブロックとシューゲイザーどっちとも取れます。
サウンドだけなら、オルタナティブロック(エモが近いかな?)
歌唱含めると、シューゲイザー的ではあります。[原文ママ]
オルタナティブロックとシューゲイザーは排反ではないでしょう。勿論、音楽には声部、帯域や時間など色々に広がりを持っていますから、極端な話が「演歌」と「EDM」が排反でないとかいうことも言えますが、そもそもシューゲイザーはオルタナティブロックに包含されているという認識が一般的でないかと思います。その意味で違和感のある表現です。同様に、「ドリーム・ポップ」と「シューゲイザー」も排反ではないでしょうが、この動画では誤解を与える表現がされていると思います。
ジャンル分けより、あなたがどう感じるかと
サンフェーデッドが素晴らしい楽曲であることが大事です。
完全に同意しますが、そこを行くと、この動画はかなり有害なのではないでしょうか。『サンフェーデッド』のジャンル分けについて後述しますとは述べていますが、先んじて断っておくと、私は『サンフェーデッド』のジャンル分けを必要とする人に対して必要な形でジャンル分けします。
【ドリーム・ポップとは?】
一言で表すと
ポップなシューゲイザーです。
「シューゲイザー」と「ドリーム・ポップ」がそれぞれ指す音楽については、共通理解が形成されていないというのが実情かと思います。それぞれに伝わるニュアンスの異なる部分は存在するため、大雑把に音楽性を形容する言葉としては機能しますが、二つの言葉を並べて、その使い分けを整理しよう、というのは音楽評論の課題ではあっても、ここですべきことではないでしょう。
以上のようにサンフェーデッド専門ch『サンフェーデッド(SUNFADED)が偉大すぎる理由【学園アイドルマスター】』の各発言に対してリアクションをしてきましたが、ここで改めてサンフェーデッド専門chの主張をまとめてみたいと思います。
篠澤広の『サンフェーデッド』の発表はサンフェーデッド専門chにとって”夢の実現”であり、『サンフェーデッド』は音楽ジャンルとして商業的でなく、それが実際に発表されたという字義通りの有難さから、偉大なこととして言祝ぐことができる、というのが主な主張かと思います。
しかし、”夢”が商業性の観点から実現困難だったことは偶然的であり、『サンフェーデッド』が商業的でないことそれ自体が『サンフェーデッド』の魅力に寄与している、とは言えません。
③スバラシティプレイヤーによる『サンフェーデッド』評 ——音楽ジャンルについて
前節②では、サンフェーデッド専門chによる『サンフェーデッド』評に対するリアクションをさせていただきましたが、本節では、私スバラシティプレイヤーから『サンフェーデッド』評を展開していきたいと思います。
ただし、今回は「『サンフェーデッド』の音楽ジャンルについて」というテーマに絞っておこうと思います。というのも、サンフェーデッド専門chは
サンフェーデッド1本しかネタがないため、とてもではないですがまとめてはやれません
というように、『サンフェーデッド(SUNFADED)が偉大すぎる理由【学園アイドルマスター】』の動画で、テーマを絞って『サンフェーデッド』評を展開していました。そして同動画で扱っていたテーマこそ「『サンフェーデッド』の音楽ジャンルについて」であると私なりに解釈し、今回のテーマを設定いたしました。
『サンフェーデッド』の音楽ジャンルについて、私はジャンル分けを求めている人に、その人が必要としている形でジャンル分けをしたいと考えています。
そもそも論、音楽のジャンル分けは土台無理な試みで、不完全にしか実現しない、というのは受け入れるしかない事実です。しかし、一切のジャンル分けの試みを放棄すべきであるとは私は思いません。妥協しながらも、利便性という利益が得られるからです。では、『サンフェーデッド』のジャンル分けはどのような目的で行われるのでしょうか。
サンフェーデッド専門chによるジャンル分けの試みは、主に2つの目的から行われていたと推察されます。一つは、『サンフェーデッド』の魅力をわかりやすく説明するため。もう一つは、『サンフェーデッド』に似た音楽を探す(digる)手助けをするためです。サンフェーデッド専門chの1本目の動画、2本目の動画にそれぞれは関連付けられます。
音楽のジャンル分けに絶対の正解を決めることはできません。また、音楽という作品形態の持つ特性として、そのジャンル分け・分類にはファセット分類(タグ管理)を用いるべきです。(絶対の正解が決められないからファセット分類を用いるべきだとも言えます)
よって、私は『サンフェーデッド』のジャンル分けについて、それを行う目的に応じて分類を行っていくことにします。
と、ここで私たちは『サンフェーデッド』の音楽ジャンルに関するタグを一度全て手放しましたが、最低限掲げ続けることが好ましいと考えられるタグがあります。それは、長谷川白紙ほか、作り手が『サンフェーデッド』を制作するにあたって意識していたタグです。
YouTubeのアイドルマスターチャンネルで2025/07/15に配信された『【生配信】学園アイドルマスター 「初星学園HR #STEP3 篠澤 広」【アイドルマスター】』内にて、長谷川白紙へ2曲目の楽曲制作を依頼した経緯ややり取りについてのプロデューサーの佐藤大地の発言がありました。それを私の方で簡単にまとめますと、
『光景』からの正統進化・延長線の進化を描きたくもう一度長谷川白紙に楽曲制作を依頼した。最初に長谷川白紙側から、アイドルを志す力強さや豪胆さのようなものを表現するため、スリーピースのバンドサウンドにしたいとの提案があった。
という経緯があったそうです。
つまり、ここで私たちは、長谷川白紙が意識したものとして「スリーピースのバンドサウンド」というタグを得ました。
これを出発点に、私はそれぞれの目的で『サンフェーデッド』のジャンル分けを試みます。
『サンフェーデッド』は魅力的な楽曲です。私はこの曲が大好きです。
この曲の魅力を、この曲がどのような音楽ジャンルに分類できるか、という視点から説明してみましょう。
『サンフェーデッド』は篠澤広の楽曲としては『光景』以来2曲目となる作詞作曲編曲長谷川白紙による楽曲です。しかしこの『サンフェーデッド』の音楽性は、長谷川白紙のディスコグラフィーに照らしてみると異質であると私は感じました。長谷川白紙の音楽性の特徴を端的な言葉で説明するのは非常に難しいですが、どこに特徴があるかということで言えばそれは主に、サウンド、和声、拍子、歌詞などでしょう。電子音楽やDTMの精神性に基づいた独創的なサウンドの追求、死肌、分数コードの多用、複雑で予測困難なコード進行、変拍子、抽象的な歌詞、実験的な歌詞表記などと言った形でその特徴は現れ、また反対に楽曲ごとにそれらの特徴は一部封印されることもあります。前作『光景』では、PROGRAMとしてクレジットされるように、またArthur Verocaiの管弦編曲も手伝ってサウンド・和声の面での創造性が強く発揮されていました。一方で拍子は4拍子で進み、歌詞も篠澤広の目線で素直に綴られています。それでも『光景』は「長谷川白紙らしい曲」として受け止められました。
さて、『サンフェーデッド』はどうでしたでしょうか。サウンドはスリーピースのバンドサウンドでタイトにまとまり、和声もストレートな印象を与え、拍子は4拍子、歌詞もやはり篠澤広の目線で素直に綴られているようです。これは、長谷川白紙の曲としては異質で、この4つの観点でこのように奇抜な特徴がみられない楽曲というのは、長谷川白紙のディスコグラフィーにはありません。では、この曲は「長谷川白紙らしい曲」ではないのでしょうか。この答えは、実はリスナーによって異なります。
私には「長谷川白紙らしい曲」として受け止められますし、またある人にとってはそのように受け止められないでしょう。では何故私には「長谷川白紙らしい曲」として受け止められるのでしょうか。それは、私がメロディに長谷川白紙らしさを見出せるからです。
しかし長谷川白紙の音楽性の特徴として私はメロディ(旋律)を挙げませんでした。
多くの音楽において、メロディには強く記名性があり、作曲者の癖が出ます。メロディの特徴から作曲者を感じる、というのよくあることでしょう。そしてそれは長谷川白紙の音楽においても例外ではなく、私は『サンフェーデッド』をそのメロディから「長谷川白紙らしい曲」だと受け止めたのです。
しかし、音楽性の特徴として、「メロディに特徴がある」といえるのは、よほど突飛なメロディの音楽の場合であり、メロディの記名性は音楽性の特徴とは言い難いです。そして、長谷川白紙の音楽をあまり聞かず、長谷川白紙のメロディの癖が感じられないリスナーにとって、『サンフェーデッド』は「長谷川白紙らしい曲」としては受け止められなかったのではないでしょうか。
『サンフェーデッド』は長谷川白紙による提供曲ですが、長谷川白紙にとって『サンフェーデッド』で取られた音楽的な様式は借り物である、と思います。念のため断っておきますが、それについて私は長谷川白紙を非難するといった意図は全くありません。
さて、ここからは長谷川白紙が『サンフェーデッド』においてどのような音楽を意識し、どのような音楽的文脈から、どのような様式を選択したのかについて考察することを通して、『サンフェーデッド』のジャンル分けを試みていきます。
これまで私たちは、『サンフェーデッド』の魅力をわかりやすく説明することを目的としたジャンル分けの準備をしてきました。
それはサンフェーデッド専門chが『サンフェーデッド』の音楽ジャンルとそれが選択された精神的背景から『サンフェーデッド』の魅力を説明しようと試みていたその手続きを踏まえているからです。
そして今私たちは、『サンフェーデッド』では長谷川白紙のディスコグラフィーにおいてもこれまで採用されてこなかった音楽性が新たに用いられていることから、長谷川白紙がどのように『サンフェーデッド』の音楽ジャンルを選択したのか、という問いにまで辿り着きました。
長谷川白紙が『サンフェーデッド』を通じて何を篠澤広に託したのか、それを選択された音楽ジャンルの持つ文脈から、魅力として拾い上げようというわけです。
私は先程、その問いについて考察する、と申し上げましたが、そのための材料はありません。そのため、私はあくまでただ主観的に「『サンフェーデッド』はこのような音楽を意識しているのではないか」と、過去の音楽鑑賞経験から語ることしかできません。それはサンフェーデッド専門chも一緒で、「『サンフェーデッド』はシューゲイザーです」というのが、サンフェーデッド専門chにおけるそれだということです。
最低限の出発点からの帰納的なジャンル分けの試みはここで限界を迎え、ここからは演繹的な試みになります。
そしてこれからの試みは、ジャンル分けのもう一つの目的である、「『サンフェーデッド』に似た音楽を探す(digる)手助けをするため」という目的のためのジャンル分けの作業と合流します。
さらに、その作業は『サンフェーデッド』に関連した楽曲を整理する作業と成果を共有します。
『サンフェーデッド』がどのような音楽ジャンルの流れを汲んでいるのか。
私の主観的な考察は、次節④に記すことにしましょう。
④スバラシティプレイヤーによる関連楽曲紹介
本節では、サンフェーデッド専門chの動画『【サンフェーデッド難民必見】同ジャンルのオススメ楽曲紹介【2025年最新盤】』に寄せて、また、②③での主張を踏まえて、『サンフェーデッド』に似た曲を紹介して欲しいという需要に、私スバラシティプレイヤーが応えていきたいと思います。
しかし、ここで言いましょう、私にとって、『サンフェーデッド』と同様の音楽性を持っていると言える音楽には心当たりがありません。前節で述べた通り、『サンフェーデッド』については長谷川白紙の曲であるという出発点があり、曲調にジャンル名を与えることができても、そのような様式を借りた紛れもない長谷川白紙の曲である、という認識が私にはあります。
これから紹介する曲については、私と同じように長谷川白紙に聴き馴染んだ人には、「これは『サンフェーデッド』と似た曲ではない」と思われ、長谷川白紙に聴き馴染みのない人には「この曲は『サンフェーデッド』に似ている」と思われるのではないかと思います。
ART-SCHOOL 『スカーレット』
私は、『サンフェーデッド』をシューゲイザーだとは思いませんでした。私にとってシューゲイザーとはよりギターのファズの印象が強く、リバーブやリバースディレイが用いられ、BPMは遅く、それこそ浮遊感を感じさせる音楽です。それに対して『サンフェーデッド』はコーラスやフランジャーのかけられたギターサウンドで、太く歪んだベースの存在感があり、BPMは速く疾走感があります。前節③で、出発点として作り手から与えられたものとして長谷川白紙の「スリーピースのバンドサウンド」という言葉を紹介しましたが、実はその他にも作り手から提供されている言葉がありました。それは『サンフェーデッド』でギターを担当した細井徳太郎のツイートで、
極太ロックベースに本日休演の有泉、大砲スネアにブレイクビーツのドラムには芳垣さん!!!
というものです。「ブレイクビーツ」については一度脇に置こうと思います
が、このような要素からも、私は『サンフェーデッド』はシューゲイザーというよりも「グランジ」として分類するのが有力なのではないか、と感じています。
ART-SCHOOLは日本のオルタナ、グランジの代表的なバンドで、その中から特に『サンフェーデッド』と似た雰囲気を持つ曲として『スカーレット』を紹介します。
あるいは、グランジの代表格であるNirvanaの言わずと知れた名盤『Nevermind』から『Smells Like Teen Spirit』『Territorial Pissing』を聴いても、『サンフェーデッド』が持つグランジ的要素を実感してもらえると思います。
きのこ帝国 『国道スロープ』
あれ、これはシューゲイザーでは?
すいません、ここまで「『サンフェーデッド』はシューゲイザーじゃないだろう」と言っていたのはなんだったんだ、とお思いでしょう。
はい、純然たるシューゲイザーとは思っていません。(この曲も手放しにシューゲイザーとしてジャンル分けできる曲と私は思っていません)
しかし、前提として『サンフェーデッド』にはっきりとしたジャンル名を与えることを諦めた場合、シューゲイザー的な要素を見出すことができると思います。
それはサウンド面ではありません。ギターのリバーブ感が切られている『サンフェーデッド』は『国道スロープ』とは違い、シューゲイザー的なギターではないとはっきりと思います。では何が『サンフェーデッド』においてシューゲイザー的なのかというと、それは2コードでの進行です。
シューゲイザーの金字塔であるMy Bloody Valentineの『loveless』の幕を開ける1曲目『Only Shallow』も大まかには2コードでの進行になっています。呼吸を長くして、緊張と緩和を繰り返すコード進行の印象は、『サンフェーデッド』においてシューゲイザーと共通した体験だと感じました。
ZAZEN BOYZ 『乱土』
改めて『サンフェーデッド』のギターサウンドを足掛かりに考えたとき、そのリバーブのかけられていないソリッドなサウンドに、若干ファットながらも向井秀徳のギターのような印象を受ける部分がありました。ただ、上の曲のような音楽にジャンル名としてオルタナ以上に細分化されたもので広く使われているものが思い当りません。
余談ですが、②節で、アニメ・ゲームの作中作でシューゲイザーのサウンドを持った曲についての言及をしました。そこでは、私の思う意味でのシューゲイザー的なサウンドを持つ曲として、in NO hurry to shout;の『サテライト』を紹介しましたが、ここで改めて、今度はシューゲイザーにとらわれず、DROPKIXの『かんちがいロンリーナイト』(作詞作曲編曲向井秀徳)を紹介しておきます。
the cabs 『キェルツェの螺旋』
この曲の特徴は変拍子にあり、その要素から専らマスロックというジャンル名が与えられる曲なのですが、曲の後奏部分に女性の声が入る部分の表現に、『サンフェーデッド』の「(th-th-th-th-th-things made me who i became today without knowing who made them, tapes, records, books, everything I found great was sunfaded.)」の部分との共通性を感じます。
また、これは普遍的な表現なので何とも言えませんが、『サンフェーデッド』においてサビで”半テン”になる部分にも、『キェルツェの螺旋』や『anschluss』のような雰囲気を感じていました。
長谷川白紙 & KID FRESINO 『行つてしまつた』
長谷川白紙の曲でサウンドなどの面から『サンフェーデッド』に最も近いと思うのはこの曲でしょうか。『サンフェーデッド』の制作にあたって、という視点から考えるのであれば、この曲の影響を無視することはできないでしょう。また、先のブレイクビーツといった要素はここに合流すると考えています。しかしながら、『サンフェーデッド』とは多くの共通点を持ちながらも、同時に相違点も多くあるかと思います。また、私はこの曲を含め長谷川白紙の楽曲にしっくりくるジャンル名を与えることができていません。hyperpop, gacha pop, bendcore, bento waveなどのキーワードがよく目にするものかと思いますが、少なくとも『サンフェーデッド』に適用できるものではないと思います。
betcover!! 『ばらばら』
ここから先はもうほとんど戯言なのですが、『サンフェーデッド』のイントロを思い出そうとするとき、私はこの曲のイントロに迷い込むことがあります。『サンフェーデッド』のギターって実は単音でBの音から入っていると思うんですが、その部分を積極的に拾いに行くとよくわかってもらえるかと思います。是非イントロだけを交互に繰り返し聴いて確かめてみてください。
『歯みがきガムのうた』(Kracie テレビCM)
『サンフェーデッド』の「僕たちは(いつ出会うだろう?)/出会うときは」という歌詞からサビに入る部分が、『歯みがきガムのうた』の「歯はみがいたほうがいいよね/みがけないときは」という歌詞からサビに入る部分を思い出させます。それこそシューゲイザーを思わせる曲調で好きです。
以上、前節③からの総括として、私は『サンフェーデッド』の音楽ジャンルについてはグランジとして分類するのがもっとも適切なのではないかと考えています。
長谷川白紙は篠澤広に楽曲を提供するにあたって、新たにグランジを採用し、それによって篠澤広の音楽性にバンド音楽を解放した、というのが音楽ジャンルから見た私の『サンフェーデッド』評です。
また繰り返しますが、『サンフェーデッド』にジャンル名を与えるという試みについて、そこに目的が無ければ、アーティストやアルバム単位でなく一曲について述べる以上、その制作にあたって影響を受けたと考えられる音楽(ジャンル)は多岐に渡り、特定のジャンル名でもって言明することは難しく適切でないだろうと思います。
敬具
改めまして、サンフェーデッド専門ch様、全くなんの面識もない中、このような失礼極まりない記事を公開いたしましたことを申し訳なく思います。
「挑戦者求む」との発言があってのこととお許しいただけましたら幸いです。
また、サンフェーデッド専門ch様の活動については引き続き応援させていただきたく思いますし、もしまた機会がございました際には筆を執らせていただけたら大変嬉しく思います。
あるいは、
『私たち以上にサンフェーデッドについて熱く語れるのは長谷川白紙さん本人以外いないと自負しています』
とするのはいかがでしょうか。
私も収益で篠澤さんグッズ欲しいです。
また、サンフェーデッド専門ch様以外の読者の皆様も、ここまでご覧いただきありがとうございました。
色々と思うところあると思いますが、お手柔らかによろしくお願いします。
あと、時間がある人は過去の記事も是非読んでみてください。長谷川白紙や篠澤広について言及している箇所があります。
敬具
(Too late)
追伸
課金もしてサンフェーデッドガシャ120回以上回したのに引けませんでした。
光景、コントラスト、仮装狂騒曲、Campus mode!!、ハッピーミルフィーユ、全部持ってるのに。
