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Episode 005 「謎に包まれる三ヶ月」

さて、このネールスワースプライマリースクール時代を振り返ると、((2024年現在)かれこれ28年以上前の事になるのだが)今でも時々思う事がある。改めて当時を振り返り、この学校で過ごした三ヶ月、自分は一体全体どうやって毎日を過ごしていたのであろうか、と。つまり、英語もまったく喋れず、とりあえず教室のデスクに座っているだけ、であった。図工の時間と算数の時間だけは先生の言っていることが全く解らなくても、なんとなく周りのみんなの様子を見て、状況を把握する事でどうにかなったのだが、その他の授業に関しては全く状況を把握できていなかった。

毎日が、こんな具合。

図工と算数に併せて、コンピューターで遊べる時間(正式な授業だったのかも憶えていないが)も好きだった。なぜなら、英語が話せなくても、純粋に楽しめたからである。因みにこの学校にあったコンピューターはアップル社のマッキントッシュであった。このマッキントッシュを使い、絵を描いて遊ぶのが好きだった(もちろん当時はスティーブジョブスの存在も知るわけもなく、彼の偉大さに関しての知識はゼロで、マッキントッシュで絵を描いてはケラケラと無邪気に笑っていた)。具体的にどんなソフトウェアで絵を描いていたのもの憶えていないが、なんとなく憶えているのは、車や消防車、人などの、様々なスタンプ(もちろんコンピュータースクリーンの中での話)をビルの前に適切な間隔で貼り付け、そこに、炎のスタンプを掛け合わす事で、街が火事になっており、車は炎上し、消防車も炎上し、炎に包まれた人々が走り回っている、という構造の絵を、慣れない手つきでマウスを使い、描いていた記憶がある。

Apple社の、マッキントッシュ・クラシック

算数の授業は、唯一自信を持つ事ができた、それはそれは希な時間だった。オーストラリアに発つ前(Episode001参照)、日本の小学校では(控えめに言っても)勉強はまったくせずサッカーばかりしていたのだが、オーストラリアの小学校の算数のレベル(あくまでも「小学校のレベルでは」、である。ハイスクール(日本でいう中学、高校)からは難易度が急激に上がる)は日本のそれからは考えられない程遅れていた為、日本では全く勉強していなかった私でもスラスラと問題が解けてしまう程、難易度が低かった。あくまでも、1996年、私が通っていた時代においてはそうだった、という話ではあるかもしれないが。2024年の今は、状況が変わったかもしれない。

とある算数の授業にて、抜き打ちの(または、事前にテストがある旨を、(先生は)生徒たちに告げてはいたものの、(私に関しては)英語を理解していない事から、その事が耳に入っていなかっただけ、という事も大いに考えられる)小テストが行われた事があった。しかし、そのテストの内容は、(控えめに言っても)余りにも簡単で、おそらく日本の小学3年生くらい向けだったであろうか、ひどく拍子抜けする程簡単だったので、開始から5分程度で終わらせる事ができ、サラッと終わらせて(テスト用紙を)先生に提出した事があった。自分の席を立ち、教室の前方にある先生のデスクに向かう約10メートルの間に、クラスの生徒のみんなの視線を一斉に浴びた。「え?!もう終わったのかよ、あのアジア人?!」というみんなの心の声が聞こえた様な気がした。子供達は、目の前で炎に包まれた小型飛行機が弧を描いて空から落ちていく様子を目撃したかの様な目をしていた。おそらく、先生もびっくりしていただろう。しかし先生の表情までは憶えていない。

この様にして、算数の授業の時間だけは、生き生きとしていたのだ。その様子は正に、曲の始まりは歌詞が全くわからずモジモジしているのだが、知っているサビの部分に関してはこれでもかと高らかに元気良く歌う子供、という様な具合である。因みに、この時に行ったテストの内容は、いたって単純な掛け算の問題が羅列されたテストだった様に記憶する。日本では、(少なくとも私が小学生だった当時は)小学2年生になると、掛け算九九をリズムに乗せ、歌う形で暗記していくやり方が主流であった。2の段から、「ニイチが二、ニニンがシ、ニサンがロク、ニシがハチ、ニゴジュウ...」という具合に(2の段から)9の段まで覚えていく、というか、暗記していくやり方があったのだが、オーストラリアではこの様な暗記の仕方はしない。では、代わりにどんな覚え方をするのか、と尋ねられたところで、答えは知らない。

尚、余談になるが、インドでは二桁の掛け算(つまり、99×99まで)まで暗記する、という事を耳にした事がある。もし本当であるならば、それはそれで凄まじい事である。もちろん、このご時世、暗算する能力(よりも更に重要な事が無数にある事は確かだが、暗算はできないより、できた方が便利である事はおそらく確かである。この様にして、(算数の時間だけは)得意げになったり、(それ以外での時間では)惨めな思いをしたりと感情の上下を繰り返しながら日々が過ぎて行った。

そして、その出来事は、年の終わりも近づく12月のある日に起こった・・・。


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