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Episode 001 「変化が訪れた日」

オーストラリアに住んでいた時の事について語ります、というと最初から話の間口が広くなり過ぎてしまいそうなので、まずとりあえず、なぜこの文章を書くに至ったのか、について語ろうと思う。その方が具体的だし、比較的話が進めやすいのではないかと思う。

ものごとには、おそらく大抵の場合、何でもそうだが、「始まり」というものが存在すると言われている。しかし、多くの場合、この「始まり」が、いつ、どこで、どうやって、誰により、なぜ、始まったのかが不明な場合が多くある。若しくは、そもそも、一つの「始まり」というものが存在しない場合もあると考えられる。それ即ち、伝統的な西洋の形而上学的思考における、絶対的な一つのものから枝分かれが展開されていくツリーのモデルに対抗し、中心も、始まりも、終わりもなく、多方に錯綜するノマド的な、いわゆるリゾームのモデル、である。

そんな中、私の人生が変わったと言える「始まり」はしっかりと存在する。私が14年間もの時間を過ごしたオーストラリアでの欠けがいのない経験とは、1996年9月26日に始まった。かれこれ、約28年(2024年時点で)も前の話であるが、何らかの形で残しておきたいと思い、文章を書き留めておく事にした。この経験が何らかの形で今の仕事(記事)にも繋がっているのは確かである。

意に反して、時に人は、様々なことを忘れていく生き物である。子供のころ仲の良かった友達について、学生時代によく行った場所について、若い頃に夢中になったものについて、などなど。記憶とは、時の経過に合わせ止めどなく(我々の意思を無視して)変化していく。否、正しくは、我々自身が記憶を「変化させて」いるのかもしれない。そして、その変化とは、実に(自分にとって)都合の良い方向に変化する(または、無意識に、変化「させている」)ものである。もちろんこの変化について、良い、悪いという話をしているのではない。ただ、正直なところ、変化がもたらされていない状態での記憶を、そのまま保存したいという気持ちもある。私にとっては、1996年から2010年まで過ごしたこのオーストラリアでの経験は、生涯忘れたくないものの一つである。その為にも、この様に文章にする事で保管しておきたいと強く思った次第である。愛してやまないバンドの一つであるハイスタ(Hi-Standard)風に言うならば、正に「New Life」。自分自身の「New Life」の記録を文章にしておきたいと、そう思った。

「New Life」が収録されているHi-Standardの1stフルアルバム「Growing Up」。
最高のアルバムである。

また、私の文章を今後読み進む事により、オーストラリアのリアルな部分が少しでも伝われば、と思う。12歳から26歳になるまでの、とある日本人の(当時の)人間(つまり私)の目に映った、リアルなオーストラリアの様子を、少しでもシェアできればと思っている。きっと、こればかりは幾らネットで検索しても、幾らインスタの写真を見ても、きっと見つからない内容だと、そう私は思っている。もちろん、誰かがアップロードしたオーストラリアの写真は見る事はできるだろう。誰かがオーストラリアを訪れた旨を書いたネットの記事などの写真を見る事はできるだろう。しかし、それら写真のみからは、空の高さ、風の匂い、笑い声など、私が身体で「体感した要素」に関しては、やはりどうしても私の口から語られて初めて正確に感じていただけると、そう自負している。兎にも角にも、オーストラリアとは非常に興味深い国である。それが、少しでも伝われば、単純に嬉しい。



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