生活者はAIに「指示する」より「話したい」?。「いいものを知っている」AIの可能性を博報堂の嶋浩一郎と藤平達之が語る【StoryHub Ensemble 2025】
2025年10月30日、AIが急速に社会へ浸透する中、StoryHub株式会社はメディアやコンテンツ制作の未来を探るイベント「StoryHub Ensemble 2025」を開催しました。
「生成AI時代、生活者はAIコンテンツをどう捉えるか」のセッションでは、生成AI時代における生活者とコンテンツの新たな関係性について、コンテンツの「作り手」ではなく「受け手」の視点から、未来のコミュニケーションのあり方をめぐる議論が交わされました。
登壇したのは、株式会社博報堂で執行役員エグゼクティブクリエイティブディレクターを務める嶋浩一郎氏と、同社および株式会社SIXでクリエイティブディレクターとして活動する藤平達之氏です。両氏は「AIか人間か」という二項対立ではなく「人間とAI」が共存する未来を前提に、これから訪れる変化を読み解いていきます。
雑誌復権のチャンス!?「全部を知っている」より「いいものを知っている」が価値
AIの進化がもたらす未来において、ブランドやメディアはどのような価値を提供すべきでしょうか。嶋氏は、その問いに向き合うためのヒントとして「雑誌復権のチャンス」と説明。彼が提示したのは、ブランドやメディア自身がAIエージェント化していくという未来像です。
その世界では、あらゆる情報を網羅した汎用的なAIよりも、特定の価値観や世界観を持つ「偏った」AIの価値が高まるといいます。嶋氏は、雑誌「BRUTUS」や「dancyu」を例に挙げ、その考え方を具体的に説明しました。「せっかく話すなら、なんでも知っているAIに一般的な回答をもらうよりも、BRUTUSを全部読んでるAIエージェントと話したい、dacyuを全部読んでるAIエージェントと話したいって思うわけじゃないですか?」と聴衆に問いかけます。

これは、AIが対話のパートナーになった時、総合的な知識を持つだけの「優等生」よりも、ある種の「偏愛」を持つ「変人」の方が会話として面白い、という考えに基づいています。
嶋氏は、「検索エンジンは全てのコーヒーの情報を教えてくれるけど、BRUTUSはスペシャリティコーヒーの情報だけをお届けします」という元同誌元編集長の言葉を引用し、これからのAIエージェントに必要なのは、最大公約数の答えではなく、選び抜かれた情報とその背景にある明確な価値観であると強調しました。
AIに「指示をする」から、AIと「会話をする」時代へ
生活者とAIの関係性は、今後どのように変化していくのでしょうか。藤平氏は、現在のプロンプトエンジニアリングに代表されるようなAIへの「指示」が、近い将来ではより自然で双方向な「会話」型へとシフトしていくと予測します。この変化は、情報を得るプロセスだけでなく、企業・ブランドと生活者の関わり方さえも根本から変える可能性があります。
嶋氏は、この「会話」の持つ本質的な価値について、人間同士のコミュニケーションを例に挙げて解説しました。「会話って別にゴールなしに始めちゃったりするわけじゃないですか。最終的に結論は最初に求めてたものと全く異なる方向に行ってしまうのが会話の素敵なところです。計算や目的から解放されたランダムなやり取りの中にこそ、予期せぬ発見やインスピレーションが生まれることもあるのではないでしょうか」と語ります。

入力と回答という制約から解き放たれ、無意識の言葉や欲望が自然と表出する「会話」は、マーケティングにとって大きなチャンスとなりえます。これまで企業が多大な労力をかけて行ってきたインサイトの発見が、AIとの自然な会話を通じて可能になるかもしれないのです。それは、生活者がもはやコンテンツの単なる「受け手」ではなく、能動的な「会話相手」へと変化していくということです。
「話したい」と思われるブランドが生き残る
AIとの「会話」が当たり前になる時代、企業やメディアは、独自の価値観と専門性を持った「ブランデッドAIエージェント」へと進化するのだといいます。生活者は、それぞれの興味や目的に応じて信頼できるAIエージェントを選び、自分だけの相談相手チームをスマートフォンの中に形成するようになるだろうと両者は話します。
嶋氏は、その具体的な姿を「特定のトピックについて聞いたら、色々答えてくれるAIエージェントがいればいいわけです」と語り、様々な専門性を持った企業やメディアがユーザーの「話し相手」をめぐって競い合う。そんな世界の到来を予測します。

この未来像は、LINE公式アカウントが登場した時のような、企業と個人の新しい関係性の再構築を想起させるようです。これまでと違うのは、それが一方的な情報発信ではなく、双方向の「会話」を基盤としている点です。
嶋氏は、「自分に合うAIエージェントのチームを組成していくのであれば、やっぱり変わり者を入れておいた方が楽しいですよね。同じような個性を持つ20のAIと話すよりも、人間関係と同じように、偏っているかもしれないけれど自分の好きな複数のAIエージェントと話す方が、知りたいこと、知らなかったことを教えてもらえる」と述べ、AIエージェントが個性を持つ重要性を説きました。
人は「人生」を効率化したいのか?
AIとの会話ベースのインタラクションは、私たちの購買行動にも劇的な変化をもたらしうると両者は続けます。嶋氏は、既存のWebサービスがユーザーを特定のゴール(購入など)に向かって「レールに乗せる」ように設計されていると指摘。しかし、ゴールを定めない「会話」の中では、AIDMAやAISASといった従来の直線的な購買行動モデルは意味をなさなくなります。
「会話って、その途中に突然欲望が吹き出すんだよね」と嶋氏は語ります。旅行の話をしていたはずが、特定のレストランに行きたくなったり、全く関係のない商品の話題に飛んだりする。そんな予測不能な展開にこそ、新たなビジネスチャンスが眠っているのだと。

セッションでは、「仕事は効率化したいとして、人生は効率化したいのか?」という根源的な問いも投げかけられました。AIは仕事のプロセスを劇的に効率化してくれますが、人間は効率化のためだけに生きているわけではありません。無駄話の中にこそ人生の楽しさや豊かさがあるように、これからのAIエージェントとの「会話」は、効率や最適化とは異なる、新しい価値を提供してくれるはずです。
変わりゆく、AIを評価するための「判断軸」
セッションの終盤、藤平氏は、私たちがAIを評価する「判断軸」が今後変化していくと予想。現在は回答の正確さや持っている情報量といった「知性」が重視されていますが、やがてそれは、独自の切り口を持つ「視点(目利き力)」へと移り、最終的には「このAIと話していて楽しいか」という自分との「相性」が最も重要な基準になるだろうと示唆します。

「(知識は十分でも)なぜか生活者から誘われなくなるAIエージェントが登場してしまうぐらい、人とAIの相性という視点は大事になると考えています」と語る藤平氏。待ち受けているのはAIが単なるツールから、関係性を築くパートナーへと進化していく未来かもしれません。

企業やメディアは、自分たちが持つ専門性や哲学をAIエージェントに落とし込み、生活者から「話したい相手」として選ばれる存在になる必要があります。セッションの最後にスクリーンに映し出された「少し先の視座から 時を巻き戻して いますることを企む」という言葉からは、発信者が求められるあり方が問われているようでした。
🗒️ StoryHub Ensemble 2025 イベントレポート(全6回)
第1回
【基調講演】生成AI時代の到来
第2回
【オープニング】StoryHub現状とビジョン
【クロージング】StoryHubロードマップ
第3回
【特別セッション】生成AI時代の情報発信について
第4回
【編集者対談】生成AI×メディア編集の現場
第5回
【情報流通セッション】生成AI時代の情報流通について
第6回
【トレンドセッション】生成AI時代、生活者はAIコンテンツをどう捉えるか
※本記事です
