短編小説「シャチに会いに行く」 #あなたの旅ショートストーリー
飛行機の中で見たオーストラリアの海は、“光るの青い布”みたいだった。まぶしくて、遠くて、でも、確かにあの下にいる。シャチたちが。
前に見たのは、三年前だった。仲間と車で、パースから南へ五百キロ。
「クジラじゃなくて、なんでシャチなの?」と誰かが笑っていた。
そのときのオレは、「なんとなく」としか言えなかった。
でも、あの黒と白の体を見た瞬間、理由なんてどうでもよくなった。
息をのむほど美しかった。波間に浮かぶ影が、太陽を背負って跳ねた瞬間、
胸の奥がスパッと切り裂かれたみたいに熱くなった。
だから、もう一度見たいと思った。
今度はひとりで。しかも――歩いて。
パースに着いたのは午前九時。空港を出ると、乾いた風が肌を叩いた。空がやたら近い。吸い込むたび、肺が洗われるような空気だった。
「ここから歩くのか……」
そう呟くと、リュックの中の水筒がカチャリと鳴った。市街地を抜けるまでは、建物と人がまだ多い。カフェの看板に描かれたコアラの絵が、やけに得意げな顔をしていた。道端のベンチに腰かけて、最初の一歩を見送るように深呼吸する。
「じゃあ、行こうか」
地図もスマホも持っている。でも、なるべく使わないように決めていた。
“記憶をたどって行く”――今回の旅のテーマだ。
足が覚えている道が、きっとある。
二日目。
アスファルトが終わり、道は土の色に変わった。タイヤの跡が乾いた線を描いている。すれ違う車は一時間に二台ほど。窓から手を振ってくれる人もいれば、こちらを不思議そうに見つめる人もいた。
「歩いてどこへ?」
停まったトラックの運転手が笑いながら聞いた。
「シャチに会いに」
そう答えると、彼はしばらく沈黙したあと、「……気をつけてな」とだけ言って走り去った。
羊が群れになって歩く牧場の脇を進む。フェンスの向こうで、ひとりの羊がこっちをじっと見ていた。「お前も歩いてみる?」と声をかけたら、鼻でフンと笑われた。太陽は強いけれど、不思議と苦じゃない。地面に映る影が、まるで誰かと並んで歩いているように見えた。
三日目の夜。
空には星がいくつもこぼれていた。音という音が消えて、耳が少し寂しくなる。寝袋の中で目を閉じると、波の音が聞こえた気がした。本当に聞こえたのか、それとも心が勝手に鳴らしたのかはわからない。
「あとどのくらいだろう」
誰に言うでもなく呟く。
その声が風に消えた。
五日目。
足の裏がじんじんする。舗装されてない道は、思っていたよりずっと遠い。それでも、引き返そうとは思わなかった。進むたび、空の色が濃くなる気がしたから。太陽の下で、水筒の水を一口飲む。ぬるいけど、美味しい。シャチのいる海も、こんな味がするのかもしれない。
丘を越えると、遠くに水平線が見えた。
青く、白く、揺れていた。
「おい、シャチ」
笑って言ってみた。
「オレ、歩いて来たぞ」
風が髪を撫でる。
それだけで、なんだか報われた気がした。
七日目の夕方。
ようやく目的の海辺にたどり着いた。潮の匂いが胸を突き抜ける。波の音が、ずっと昔に聴いたあのリズムと同じだった。
靴を脱いで、裸足で砂を踏む。冷たい海水が足首を撫でて、心臓まで届いた。水平線の向こうに、黒い背びれが見えた――気がした。波間に消えては、また現れる。それはたぶん、幻じゃない。
「来たよ」
風に向かって呟く。返事の代わりに、潮のしぶきが頬を打った。涙みたいに温かかった。
たぶん、もう充分だ。シャチを見たことよりも、ここまで歩いてきた自分の足が、なんだか誇らしい。
太陽が沈んで、空の色が赤く変わる。
波が寄せては返すたび、心の中でひとつの言葉が響いた。
――きっと、シャチが出迎えてくれる。
そう信じて、静かに目を閉じた。
おわり
今回、よしまるさんの企画に参加させていただきました!
お題は『旅』ということだったので、してみたい旅を書いてみました!
徒歩でシャチに会いに行くという無茶苦茶な旅です。
最後まで読んでくれたみなさんもぜひ参加してみてください。
詳しくは以下のリンクから↓
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時間を割いてくれてありがとうございました。
もしよかったら、企画の参加お願いたします。
テヘペロ(*≧∀≦*)
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