見出し画像

プライベートクレジットの「ひび割れ」——2兆ドル市場に何が起きているのか

急速な成長を続けてきたプライベートクレジット市場が、圧力にさらされている。高プロファイルなデフォルトの発生、バリュエーションへの懸念、そして、AIによる破壊にさらされやすいソフトウェア企業への高い融資集中——これらが重なり、解約(リデンプション)請求の急増を招いている。

2026年4月から5月にかけて収録されたGoldman Sachsのポッドキャスト「Exchanges」では、OakTree Capital ManagementのHoward Marks、Aries ManagementのMichael Arighetti、そしてGoldman Sachs ResearchのChief Credit StrategistであるAmanda Lynhamの3名が、この問題の実態と今後の見通しについて語った。

本稿では、その議論を投資家の視点から整理する。


1. プライベートクレジットとは何か——2兆ドル市場の成り立ち


1-1. ダイレクトレンディングの誕生背景

Howard Marksは、プライベートクレジットの拡大を歴史的な文脈で説明する。

リーマンショック(2008年の世界金融危機)により銀行は、大量の資本を失い、規制強化によってレバレッジを使った取引への融資が制限された。そこに生まれた「空白」を、銀行以外の民間貸し手が埋めるようになった。これがダイレクトレンディング(直接融資)の出発点だ。

「銀行は、資本を傷つけられ、慎重になった。そして、規制は、彼らが二度と救済を必要としないようにするため設計された。そこで民間の貸し手が空白を埋めるために参入した」

1-2. ゴールドラッシュとしての急成長

市場の魅力が注目されると、参入者が急増した。Marksは、この状況を「ゴールドラッシュ」と表現する。

「今日のダイレクトレンディングが、2兆ドル規模だとすれば、1%のフィーで年間200億ドルの手数料収入になる。誰もがそこに参入したがる。それがゴールドラッシュだ」

Goldman Sachs ResearchのLynhamによれば、この市場はもともと小規模企業向けのニッチな融資手段だったが、金融危機後、特にパンデミック以降は、公募債市場にアクセスできる企業すら積極的に利用するようになった。現在は銀行融資・公募債市場・プライベートクレジットという「3本の柱」として機能している。

2. 解約(リデンプション)の急増——「バグ」か「仕様」か


2-1. 非取引型BDCとは何か

現在注目を集めているのは、非取引型BDC(Business Development Company)だ。これは個人投資家向けにプライベートクレジットへのアクセスを提供する仕組みで、低い最低投資額・簡素な税務報告・比較的迅速な投資実行という特徴から人気を集めてきた。

ただし、Lynhamが強調するのは規模感の問題だ。

「リテール向けBDCはプライベートクレジット全体の運用資産(AUM)の15%程度に過ぎない。AUM全体の大部分は機関投資家向けであり、構造がまったく異なる」

2-2. 「解約制限はバグではなく仕様だ」

解約急増を受けた市場の動揺に対し、Aries ManagementのArihetti は明確に反論する。

「これらのファンドは、非流動性資産に対して流動性の機会を提供するために設計されたものだ。四半期5%・年間20%という解約上限は、最初から契約に書かれた仕様であって、急ごしらえのゲートではない」

さらに彼は数字を使って冷静に示す。非取引型BDC全体が毎四半期最大限に解約されたとしても、売却される融資は約50億ドルに過ぎない。一方、シンジケートローン市場では四半期あたり約850億ドルの取引が行われており、仮に解約売却がその市場に流れ込んでも、需給への影響は限定的だという。

2-3. Marksの懸念——「べき」と「した」のギャップ

一方で、Marksは、制度設計そのものではなく、投資家教育の問題を指摘する。

「流動性がないべきだった、という言い方はできる。だが、投資家が流動性がないことを理解していなかった場合、その失望はどこから来るのか。十分に説明されていたか、そして投資家は契約条件を理解していたか——それが問題だ」

3. ソフトウェア企業への集中リスク——どこまで深刻か


3-1. プライベートクレジットのソフトウェア依存

プライベートクレジット市場がソフトウェア企業への融資を多く抱えていることは、AI disruption(AIによる業界破壊)のリスクと重なって、一部で強い懸念を呼んでいる。

公募の高利回り債やシンジケートローン市場と比較してもソフトウェア企業への露出が高いとされ、一部ではこのセクターが二桁のデフォルト率を記録する可能性があると指摘する声もある。

3-2. Marksの冷静な試算

しかし、Marksは、最悪シナリオを具体的な数字で試算し、「危機ではあるが、破滅ではない」と結論づける。

「仮にポートフォリオの25%がソフトウェア融資で、そのすべてがデフォルトし、さらにシニアレンダーが損失の半分を被ったとしても、損失は投資額全体の12.5%に過ぎない。レバレッジが1対1だとしても25%。壊滅的ではなく、『悪い』というレベルだ」

彼が強調するのは、この問題が個々のファンドにとっての問題である一方、米国の金融システム全体を揺るがすほどのリスクではないという点だ。

4. 今後の見通し——市場は縮小するのか、再編されるのか


4-1. Arihetti:シェアの移動であって、成長の停止ではない

Arihettiは、現在の混乱が市場全体の縮小ではなく、市場内でのシェア移動を引き起こすと見る。

「この局面で生まれるボラティリティは、ノイズを見切って機会を理解できる人にとって、実質的な投資機会を生み出す。経験上、これは成長の停止ではなく、成長の移動だ」

具体的には、非取引型BDCへの資金流入は鈍化する一方、オポチュニスティッククレジット・クレジットセカンダリー・ダイレクトレンディングファンドへの資金シフトが起きるとみている。

4-2. Marks:クレジットサイクルを経ることで市場は成熟する

Marksはより慎重だが、長期的には健全な着地を見込む。

「クレジットサイクルとは、お金を借りやすい時期を経て、その過ちが露わになり、やがて過剰反応として借りにくくなる時期が来ることだ。そのサイクルを経ることで初めて、人々は正と負の両面を学び、次回はより賢明な判断ができるようになる」

彼のパートナーの言葉として、「ダイレクトレンディングは大丈夫だが、そこに至るまでにクレジットサイクル一本が必要かもしれない」という見方も紹介された。

まとめ——投資家が押さえるべき3つの視点


今回のGoldman Sachsのポッドキャストからは、以下の3点が整理できる。

① 解約の急増は制度の「破綻」ではなく「設計通りの作動」
四半期5%・年間20%の解約上限は、最初から契約に組み込まれた仕様だ。「ゲート」という表現は誤解を招く。問題の本質は制度設計ではなく、投資家への説明と理解のギャップにある。

② ソフトウェアリスクは「深刻」だが「システミック」ではない
Marksの試算によれば、最悪ケースでもファンド全体の損失は資本の25%程度に収まる可能性が高い。個々のファンドへの打撃はあるが、金融システム全体への波及は限定的とみられる。

③ 市場は縮小より「再編」に向かう可能性が高い
非取引型BDCへの資金流入は鈍化するが、機関投資家向けのダイレクトレンディングや代替クレジット手段への需要は引き続き存在する。市場全体の成長は続く可能性がある一方、マネジャー間の格差(勝者と敗者の分化)が広がるとみられる。

プライベートクレジット市場を「ひび割れた」と見るか「成熟している」と見るかは、どの部分を切り取るかによって大きく異なる。今求められるのは、「見た目の危機」と「構造的な実態」を分けて読む冷静な視点だ。

オススメ記事


Next Big Wave——成長株・アイデアの種・トレンド深掘り



いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー