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【韓国ドラマ】『おつかれさま』は「人と人の間にあるもの」を描き切った傑作

Netflixで韓国ドラマ『おつかれさま』は、恋愛、家族愛、隣人愛、郷土愛など、さまざまな愛を内包した、傑出したヒューマンラブストーリーだ。
 
韓国・済州島の少女オ・エスン(キャスト:IU)と少年ヤン・グァンシク(キャスト:パク・ボゴム)が成長し、恋に落ち、結婚し、子どもを授かり、やがて子どもが巣立ち、夫婦が年老いていくまでの何十年にもわたる人間模様が描かれている。
 
このドラマのすごみは、話数を重ねていくにつれ、登場人物たちと共有する歴史が積み上がっていくような感覚にある。主人公の人生が進むと、過去の「ある時点」と「現在」が突如、線でつながる場面が増えていく。
 
「あのひと言」「1つの行動」「あの選択」は、過去からのギフトだったり、過去からの因果だったりするのだ。1つの事象が偶発的に起こったわけでなく、いろんな人の人生が絡み合っていることを実感しながら、登場人物たちの人生はさらに進む。
 
現代に氾濫する情報は「今起こっていること」に偏っているけれど、本来、私たちの今日の言動や選択は、誰かの影響を受けたものだと実感できるはずだ。過去に浴びた呪いの言葉や背中を押してくれる言葉を受け継ぎながら、現在を生き、また、それを未来につなぐ。

親を持つ人、親になった人、家族に対して複雑な感情を抱く人、その誰もが共感するシーンがあるドラマだと思う。
 
(注:ここからは、後半の内容を含む)
 
物語の前半、愛し合う夫婦が3人の子どもを授かり、かわいい盛りの末っ子を不慮の事故で亡くす場面がある。絶望に打ちひしがれた姿は、残された子どもたちに少なからぬ影響を与えていたことが、年月が経ってから顕在化したりする。
 
人生が円熟しても、埋まることのない「心の穴」の描写に、私は自分の父と母のことを思い出さずにはいられなかった。
 
というのも、海とみかんの町で暮らす仲睦まじい私の父母は、子ども(私の弟)を当時の流行りの感染症で亡くしているからだ。美しい文字でびっしりと埋められた母の育児日記は、最後のページに後悔の言葉が乱雑につづられた後、ずっと白紙のままだ。
 
後で母が語ったところによると、絶望の最中には「自分が育児日記を丁寧に書きすぎたから、神様に連れていかれたのかもしれない」という心境に陥ったという。
 
先祖が眠る墓の隣には、微笑を浮かべた小さな地蔵が置かれ、父は折に触れてきれいな水で地蔵の全身を磨き、花を供えている。
 
「悲しみを乗り越える」「過去を忘却する」ではなく、同じ悲しみを抱えた者同士が寄り添いながら、過去の思い出と悲しみとともに暮らす『おつかれさま』の夫婦の姿は、私にとってあまりにもリアルすぎて、物語の後半、私は何度も分厚いタオルで顔をぬぐった。
 
劇中、主人公夫婦の娘が出産するシーンがある。夫婦が孫より先に娘をケアする場面を見て、私の育児が一番忙しかった頃「孫はもちろん、ものすごくかわいい。でも、やっぱり子ども(私のこと)が愛おしい」と語った親を思い出し、ドラマを見終えたら、実家に電話してしまった。
 
『おつかれさま』は、主人公の人生を疑似体験しながら、子を思う親心、その親心が重くて窒息しそうな子どもの気持ち、姑の厄介な言動の背景にあるものなど、珠玉のセリフと場面で描写されているので、機会があれば、ぜひゆっくりと視聴してほしい。


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