jo0jiの歌は、農村漁村出身者の胸に深く染み入る
シンガーソングライターjo0ji (ジョージ)の『不屈に花』のミュージックビデオを見たとき、まるで懐かしい香りをかいだときのように、過去の記憶がよみがえってきた。
鳥取県の漁港で働く彼が作った曲は、受け手の意識を時空トラベルさせるパワーを包含していた。
セルフライナーノーツによれば、『不屈に花』は、彼の身近な友人を元気づけるために書かれた曲だという。
ゆえに、以下の文章は、私が勝手に過去のことを思い出し、彼の歌を拡大解釈した、ただの殴り書きであることを断っておく。
【不屈に花 MV】
『不屈に花』の歌を聞いていたら、農村と港がある私の故郷の記憶が脳裏に投影された。にぎやかな時代もあったが、近ごろは耕作放棄地が増えて山が荒れ、農家や漁師を継ぐ若者は減り、静かに衰退が進む。
実家は、専業農家で仲の良い家族だったが、夜中に目が覚めると「ハウス維持費と肥料にお金がかかって今月の生活費が足りない、なんのために働いているんだかわからない」と言ってすすり泣く母の声が聞こえてきたことがある。
父の同級生の漁師が、不漁だから燃料費で赤字だ、と嘆く年もあった。
そんなことを思い出したのは、『不屈に花』から、「くだらないこと」「意味のないこと」に疲弊した1人の人が浮かび上がってきたからだ。
意味のあることをしろ
成果を出せ
失敗したら自己責任だ
結果が全てだ
という無言の圧力に私たちはさらされているが、農業も漁業も酪農も林業も、結実までのプロセスは長く、人の力が及ばない災害や気候の影響を避けられない。
心をこめて大切に育てたり、勤勉に手を動かす仕事は、見る人によっては「意味があるのかわからないこと」の繰り返しに見えるかもしれない。
彼の『≒』という歌には、こんな歌詞がある。
<汗水たらせど徒労に終わる
為しても成らないことばかりだ>
そう、自然を相手にする仕事は、成果を正確に予測できるはずがないし、いくらがんばっても報われないことの積み重ねなのだ。
そんなとき「工夫が足りない」だとか「自己責任だ」とかいう、どこからか聞こえてくる呪いのようなメッセージがひたすら心を削る。担い手の自尊心も壊す。意味を見失うこともあるかもしれない。
多くの消費者は、忙しい。米や野菜の農作物や魚の値段を注視できても、店頭にやってくるまでのプロセスまで想像する余裕を持ちにくいかもしれない。
食品を安くお得に買う節約術が飽和し、資産形成の上手な人の知見にスポットが当たり、良い学校に合格するためのメソッドが高く売られ、何かのサービスや仕組みを生み出した起業家が世の中の摂理を訳知り顔で語る今、一次産業の従事者が誇りや自尊心を持ち続けるのは難しい。
繰り返すが、『不屈に花』には、政治的なメッセージは一切こめられていない。jo0jiの友人に向けた曲である。しかし、繰り返し聞いていると、聞き手の心境によっては労働者に向けた賛歌にさえ聞こえてくる。
『不屈に花』『眼差し』『≒』と、続けて彼の曲を聞いていたら、私たちのおやつになる「クズ」と呼ばれる、売り物にならない果実の甘酸っぱさもよみがえってきた。
