スマホ直結の衛星網を「自前」で持つ——日本が本気になったJ-LEOという選択

スマートフォンが圏外になる場所は、日本にまだかなりあります。山間部、離島、そして災害が起きたとき。地上の基地局が壊れれば、99.9%という人口カバー率は意味をなしません。

そのギャップを宇宙から埋める技術が「D2D(Direct-to-Device)」です。特別な機器を使わず、今持っているスマホと低軌道衛星が直接通信する——この仕組みは2024年あたりから各社が競うように実用化を進めており、日本でも昨年のKDDIを皮切りに、2026年4月にはNTTドコモがスターリンクとの直接通信サービスを開始しています。
その流れの中で、日本政府が今月(2026年6月)中にも選定を下そうとしているのが「J-LEO」です。
約2,000億円の国家プロジェクト

総務省(MIC)がJ-LEOに用意した補助金は約1,000億円。ただし、それは総費用の半分を上限にした支援です。採択された事業者は同額以上を民間資金で調達する必要があり、プロジェクト全体の規模は2,000億円規模に達します。
ここで押さえておきたいのは、この計画が単なる通信インフラ整備ではないという点です。J-LEOには「完全に日本国内で制御・管理される」という条件が明示されています。衛星のネットワーク制御もデータも、国外のサーバーを経由してはならない。このことが、プロジェクトの本質を物語っています。

KDDIはすでにスターリンクを使った「au Starlink Direct」を提供しており、楽天モバイルも米AST SpaceMobileと組んで2026年内の商用サービスを目指しています。実は日本の4大キャリアはすべて、何らかの形でスターリンクを含む外資との連携に動いています。以前にも取り上げたように、衛星通信の「民主化」という観点では、各社の競争によってサービスは急速に広がってきました。
それでも政府は「スターリンクがあれば十分」とは見ていない。そこに、宇宙インフラをめぐる国家戦略の論理があります。
「QZSS」から「J-LEO」へ——自前インフラへの一貫した志向
日本が衛星インフラを自前で持とうとする姿勢は、今に始まったことではありません。
準天頂衛星システム(QZSS、みちびき)はその典型です。米国が運営するGPSの精度を補完するために、日本独自の衛星測位ネットワークを構築しました。今回のJ-LEOも、外資依存を減らすという意図では同じ文脈に位置しています。ただし大きな違いが一点あって、QZSSはあくまでGPSの「補完」でしたが、J-LEOは完全に民間日本企業が所有・運営する独立したネットワークを要件としています。
群島国家としての地理的特性も、この判断を後押ししています。山地と海が入り組み、離島が多い日本では、大規模災害時に通信インフラが機能不全に陥るリスクが高い。制御が国外にある衛星に頼り続けることへの懸念は、能登半島地震のような出来事を経た今、現実味を帯びています。
三つ巴の競争と700MHz帯という急所

J-LEOを争う有力な候補は3社連合です。

楽天モバイルとAST SpaceMobileが組む「Rakuten-AST連合」、KDDIとスペースXによる「KDDI-SpaceX連合」、そしてカナダのMDA Spaceが加わる第3の連合。ここに来て注目されているのが、先日MICの審議会小委員会が衛星D2D向けに700MHz帯の利用を承認したという動きです。
この700MHz帯を日本の4大キャリアの中で単独保有しているのは、楽天モバイルだけ。その意味では、今回の周波数帯承認は楽天連合にとって大きな追い風になりました。AST SpaceMobileについては、以前の記事でその技術力——史上最大の通信アレイを持つBlueBird衛星シリーズ——を詳しく取り上げています。
一方、KDDI-SpaceX連合が持つ強みは実績です。スターリンクはすでに日本の陸上自衛隊での試験運用実績があり、世界中に数千機規模の衛星コンステレーションを持っています。ただ、自主制御・自国管理という観点からは、スペースXが本質的に「外国企業」である点が評価に影を落とす可能性があります。
MDA Space連合は、三菱電機が防衛省向け次世代GEO衛星のパートナーに選ばれたというニュースが直前に入ってきており、日本パートナーの動向が読みきれない「ワイルドカード的」な存在として残っています。
「宇宙主権」という言葉が現実になる瞬間
周波数帯の確保、データ管理の国内完結、2029年3月という稼働期限——J-LEOの要件は、相当に高いハードルです。にもかかわらず政府がここまで本気になっているのは、衛星通信インフラが今後の安全保障・経済安全保障の核心に据えられているからでしょう。
EUもIRIS²という独自コンステレーションの構築を進め、周波数帯の配分で非EU事業者を制限する方向に舵を切っています。「衛星通信の主権」を確保しようとする動きは、日本だけのものではありません。

スマホと宇宙が直接つながる時代に、誰がその「つながり」を握るのか。J-LEOはその問いへの日本の回答です。今月末の選定結果が、今後の日本の宇宙政策の方向性を占う試金石になります。

参考記事
〇Japan Eyes Sovereign D2D Satellite Network(2026年6月25日)
〇衛星通信の民主化:誰もがつながる時代へ(2025年7月2日)
〇史上最大の衛星アンテナが切り拓く宇宙通信の新時代──AST SpaceMobileの挑戦と日本市場への影響(2025年12月25日)
〇周波数帯の再配分——EUが「非EU事業者は3分の1だけ」を宣言した(2026年5月頃)
〇競争激化!アンテナ不要の「スマホと直接繋がる」衛星通信に取り組む企業(2026年1月14日)
〇Starlink衛星とスマートフォンの直接通信サービス「docomo Starlink Direct」を4月27日から提供開始(2026年4月2日)
