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R8.6.27 恥はトークゾーンのネタ



日常生活を送る中で、「恥ず~///」と感じることが人より多い気がする。


家の床に落ちていた封筒がいつの間にかお尻にくっついていることに気づかずそのまま外に出て歩いていたり、
バイト時代 厨房の掃除中に開いていた排水溝に落ちたり。


詰めが甘いのである。



私はとある趣味のコミュニティを主催しているのだが、
すばらしい理念をかかげ、
コミュニティの名前にもこだわり、
一生懸命運営しているにも関わらず、参加予定者0名とかの時がある。

めちゃくちゃ恥ずかしい。
車輪大空回りハムスターみたいに思われてるんじゃないかとか思ってしまう🐹。



そのような時、私は 「恥ずかしい経験はトークゾーンのネタになる」と自分を励ましている。



以前 オードリーのオールナイトニッポンを聴いていた時、
若林さんが
「ミスったりハプニングが起こると、今週のラジオのトークネタになると思っちゃって安心する」
と言っていた。


私は なんてすばらしい考え方なんだと思った。



ヴィクトールフランクルの本に出てくる、

ユーモアもまた自己維持のための闘いにおける心の武器である

という言葉にも似たものを感じる。




人生における1番の損失は、個人的に「勇気を出して挑戦しないこと」だと思っている。

転職とか大きな変化が伴うものなら慎重に決断した方が良いが、
例えば 思っているけどいつもなら言わない自分の気持ちを相手に伝えてみるだとか、
新しい習い事を始めてみるとか、
自分ができる範囲内での小さな変化は、積極的にしてみた方が世界が広がるんじゃないかな。


でも、失敗したら恥ずかしい・うまくいかなかったら怖い、
そんな気持ちが挑戦を阻むこともある。

それを凌駕するスキルこそ、「おもしろさへ変換する力」だ。


笑い話にしてしまえば、どんな経験だってネタになるのだ。
それを飲み会や誰かとの会話で披露すれば、笑いもとれるし場の雰囲気も明るくなる。





ただし、おもしろさへの変換には注意点もある。
それは、「まだ感情が消化しきれていないのに笑い話にしないこと」だ。



負の感情という生ものには、ある程度の時間と、視点の転換という調理が必要なのである。
「こんなサイアクな経験、笑い話にして早く提供しなきゃ」と焦ると、生焼けになり、提供して相手が笑ってくれた時に逆に自分が不愉快な気分になることもある。


まずは 感情をそのまま堪能することも必要なのだと思う。
「今 恥ずかしいって感じてるな。傷ついているな。」と、材料を見つめる時間が。

しばらくすれば、負の感情も次第に弱まり、皆さまに提供できる程度に調理できるようになる。



年齢を重ねるごとに、なんかわからないが調理にかかる時間が減ってきているような気もする。

負の感情を見つめ続ける体力の低下と、自分に対する程よい諦めがそうさせているのかもしれない。





挑戦を心がけている分、恥ずかしい思いをすることも多いが、
そういう材料が多い方が、誰かとのトークゾーンで提供できるものも多いし、その結果として
挑戦し続ける心を守ることもできる。


これからも、たくさん挑戦して恥をかいていこうと思う。



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