セルフケア ♯283-2|三島由紀夫「奔馬」より、徒労の可能性を準備しておく🌊💔🍂
三島由紀夫「奔馬」より、徒労の可能性を準備しておく🌊💔🍂
三島由紀夫「奔馬」とは
『豊饒の海』(ほうじょうのうみ)は、三島由紀夫の最後の長編小説。
『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の全4巻から成る。
最後に三島が目指した「世界解釈の小説」「究極の小説」である
第二巻は右翼的青年の行動
第一巻・春の雪は、明治末から1914年(大正3年)早春までの時代を描く。
第二巻・奔馬は、1932年(昭和7年)5月から1933年(昭和8年)年末までの時代を描く。
第二の主人公「本多邦繁」の視点で回想
(私の独自解釈です)
色褪せぬ残像、過ぎゆく昭和の夢
昭和7年5月、判事として大阪控訴院に身を置く私は、
清顕を失ってから18年の月日を数えていた。
38歳。
時代は、どこか不穏な空気を孕み、
私の心にも、拭いきれない喪失感が蟠っていた。
運命の邂逅、三輪の神光
6月16日。大神神社の剣道試合で出会った少年、飯沼勲。
竹刀を構える姿に、一糸の乱れもない。
その姿は、まるで武道の精霊が宿ったかのようだった。
そして、彼の名は、かつて清顕に仕えた書生の息子。
運命とは、時に、残酷なまでに人を翻弄するものだ。
宮司の許可を得て、禁足地の三輪山山頂へ。
狭井神社で身を清め、笹百合を見ては、率川神社の三枝祭を思い出す。
山中で、勲に出会う。
そして、彼の脇腹に、清顕と同じ、三つの黒子を見た時、
私は、死に際の清顕の言葉を思い出し、慄然とした。
「ずつと南だ。ずつと暑い。……南の国の薔薇の光りの中で。……」。
翌日の三枝祭。巫女の舞と百合の香りが、
剣道の試合と混ざり合い、奇妙な幻影を見ているようだった。
神風の血潮、浄化への渇望
勲から渡された『神風連史話』。
彼の精神は、その物語に深く染み込んでいた。
同志と「純粋な結社」を結成し、
決死の覚悟で、何かを成し遂げようとしている。
政界、財界、華族の腐敗を嘆き、
剣によって国を浄化しようとする彼の姿は、狂おしいほどに純粋だった。
陸軍の堀中尉との交流、そして、洞院宮治典王殿下への謁見。
軍の協力への期待、増えゆく仲間たち。
しかし、父の塾にいる佐和からの忠告が、彼の心を曇らせる。
「蔵原武介だけはやめろ」。
塾の経営が、蔵原絡みの金で成り立ってい。
純粋な行為の目的が汚されたと感じた時、
勲は、どのような思いを抱いたのだろうか。
荒ぶる神、清顕の影
飯沼に誘われ、山梨県梁川での錬成会へ。
そこで見たのは、勲の荒魂を鎮めようとする白衣の男たちだった。
「お前は荒ぶる神だ」。
父の言葉は、清顕の夢日記に描かれていた光景と重なり、
勲が清顕の生まれ変わりであるという確信を深めた。
崩壊の足音、裏切りの予感
堀中尉の転属。
減りゆく仲間たち。
しかし、佐和を加え、財界要人の刺殺計画は、秘密裡に進められていた。
だが、計画は漏洩し、勲たちは逮捕されてしまう。
私は、判事を辞し、弁護士として勲を救う決意をした。
裁きの果て、徒労の調べ
私の弁護により、
勲たちは、一年近い裁判の末、刑を免除されることになった。
しかし、警察への密告者が父だったと知っても、勲は驚きもしなかった。
だが、父にそれを知らせたのが、
恋人の鬼頭槇子だと佐和から聞かされた時、
彼の心は、粉々に砕け散っただろう。
血染めの終幕、狂おしい絶望
12月15日、蔵原武介は、伊勢神宮内宮を参拝し、
玉串を尻に敷くという涜神を犯した。
12月29日、勲は姿を消し、短刀を携えて伊豆山へ向かう。
そして、蔵原の別荘に忍び込み、彼を殺害した。
「伊勢神宮で犯した不敬の神罰を受けろ」。
追手を逃れ、夜の海を前にした崖で、鮮烈な切腹自決を遂げた。
「正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に赫奕と昇った。」
私の奔走は、全て無駄になった。
あの時、私は、一体何を救おうとしていたのだろうか。
ただ、淀んだ水面に映る老いた己の姿を見つめながら、
過ぎ去った日々を、静かに思い返すだけだった。
私の所感
三島由紀夫の『奔馬』。
本多繁邦の視点を通して描かれる物語は、読む者の心を深く揺さぶります。
純粋な魂を持つ少年・飯沼勲と、その狂気に魅せられた本多。
二人の運命が交錯する中で、
私は、人生の儚さ、そして、徒労という名の深淵を垣間見ました。
本多は、判事を辞し、無報酬で勲の弁護に当たります。
それは、彼自身の過去の贖罪であり、自己救済の道でもあったのでしょう。
減刑に持ち込むことができた時、
読者である私も、一瞬の希望を感じました。
しかし、その光も、またすぐに闇に飲み込まれてしまいます。
勲の最後の単独行動。
財界の黒幕を刺殺するという暴挙は、
本多の献身的な努力を、全て無に帰してしまいました。
何のために、ここまで奔走してきたのだろうか。
報われない努力、徒労に終わる献身。
その残酷な現実を突きつけられた時、言葉を失います。
勲にとって、本多は何だったのでしょうか。
恩義を感じていたのでしょうか。
それとも、彼の狂気を増幅させる触媒に過ぎなかったのでしょうか。
読者である私には、最後まで彼の真意を理解することはできませんでした。
本多が与えた恩は、勲には重すぎたのかもしれません。
恩を返すことも、恩を生き直しに活かすこともできませんでした。
彼は、自らの信じる道を突き進み、
破滅という名の終着点へと辿り着きます。
人生とは、徒労に終わる可能性に対し、常に心の準備が必要であることを、『奔馬』は、読者である私に静かに語りかけます。
使命感に満ちた行動を起こし、成果を得たとしても、
それが報われるとは限りません。
報われぬ努力こそが、人生の常なのかもしれません。
それでも、人は生きていきます。
徒労を繰り返しながら、
それでも、何かを信じて生きていくしかありません。
その先に、何があるのかは、誰にもわかりません。
ただ、物語の残響を胸に抱き、自らの人生を見つめながら、
それでも、生きていくしかありません。
報われぬ努力を重ねながら。
それこそが、生きるということなのかもしれません。
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