【ASD青年の成長物語】第1章・第9話👦陽樹「小学3年生・3学期~春休み」🕊️
👇 < この「物語」の前話 > 👇
👇 『マガジン』(📄バックナンバー随時追加中➕) 👇
📣応援いただけますと、さらに創作エネルギーに注力します💪
👉 🔗応援!🌈 🙇♂️🙇♀️
[1]🕊️ はじめに(第8話までの振り返りと今回の導入)
前回の第8話では、
陽樹さんが小学3年生の2学期をどう過ごしていたかを、
丁寧にたどりました。
8歳の少年としての彼は、そろばんや勉強への集中を深める一方で、
運動や人間関係の場面では悔しさや孤独を味わいながら、
自分の内面と静かに向き合っていました。
今回は、その続きとして、
3学期から春休みにかけての回想を中心にお届けします。
この時期、彼のまわりでは環境の変化がいくつも起こりました。
転校生との出会いや、妹との思いがけない競争、
そろばんでの飛躍的な成長。
そして、少しずつ輪郭が見え始めた「同級生との力関係」という、
社会性に関する課題。
それぞれが、彼にとって意味のある「経験」となり、
その後の人格形成にも深く影響していくことになります。
カウンセリングの中で、
陽樹さんは当時の細かい感情の動きや出来事の順番を、
まるで昨日のことのように語ってくれました。
私はそのたびに、彼の記憶力と、
その内側にある「意味づけの深さ」に、何度も驚かされました。
単なる出来事の記録ではなく、
それが今の彼自身とどうつながっているのかを、
本人がしっかり理解しながら語ってくれるのです。
この第9話では、彼の「自尊心のゆらぎ」と「自己効力感の芽生え」が、
交互に描かれていきます。
それは、彼が自分自身をどう評価し、
どう位置づけようとしていたのかという「心の地図」のようなものでした。
それでは、彼の「小学3年生・3学期から春休み」の記憶の旅を、
静かにたどっていきましょう。
[2] 🎨 迷路工作の達人との出会い
「3学期になって、転校生が1人やってきたんです。」
陽樹さんは、少し懐かしそうに、
けれども詳細にその出来事を語ってくれました。
彼の記憶は、日付や順序、場面の雰囲気までも細かく刻まれていて、
まるでビデオの一場面を一時停止して
見せてもらっているような感覚に陥ります。
その転校生は、あまりおしゃべりは得意ではなかったそうですが、
図工がとても上手でした。
とくに、ビー玉を転がして遊ぶ「迷路工作」が、
まるでプロが設計したような精巧さだったといいます。
小学生とは思えない複雑な仕掛けに、周囲の子どもたちはもちろん、
陽樹さん自身も驚かされました。
「どうやったら、あんなに入り組んだ迷路がつくれるんだろうって、
不思議でしかたなかったんです。
僕のは、ぐちゃぐちゃの、
意味のない迷路にしかならなかったんですよ。」
このとき陽樹さんは、
他者の才能を初めて明確に意識したのかもしれません。
それは、彼の中で自分の不得手と他者の得意を比較し始める、
小さな転機でもありました。
けれども、ここで興味深いのは、
彼が「羨望」や「嫉妬」といった感情よりも、
「なぜできるのか」「自分はどうすればいいか」といった、
認知的な視点から物事を見ていたという点です。
陽樹さんは、ただ落ち込むのではなく、
「分析的に観察し、興味をもつ」
というスタンスを自然に取っていたのです。
これは、ASD傾向を持つ方に見られる特徴のひとつです。
つまり、情緒よりも構造、感情よりも仕組みに目が向く。
感情を伴って自己評価が上下するのではなく、
「構造として理解できるかどうか」が
自己の安心感と結びついていくのです。
さらに彼は、
「4年生になると、ミニチュアの迷路作りが流行した」
と続けて教えてくれました。
つまり、転校生の作品が彼の記憶に強く残り、
それが翌年のブームと結びついたことを、
彼はきちんと関連づけて覚えているのです。
このように、
自分の経験と周囲の出来事を丁寧に編み込むように記憶する力も、
彼の特徴のひとつです。
そして、それは今も、
彼の人生のナビゲーション・システムとして機能し続けているのです。
[3] 🪢 妹に負けた縄跳び大会
「自分が妹に負けるなんて、想像もしていませんでした。」
陽樹さんは、そう前置きしながらも、
まるでその日のことが今も胸に残っているかのように、
言葉を選びながら話してくれました。
小学校3年生の冬、全校児童で行われた縄跳び大会。
10分間、前跳びを跳び続けるという、集中力と体力の勝負です。
陽樹さん自身は、足の関節炎から復帰し、二重跳びもできるようになって、ちょうど自信を取り戻し始めていた時期でした。
しかし、その大会で、
なんと1年生の妹・実里さんが9分10秒という驚異的な記録を出したのです。
一方の陽樹さんは、5分ほどでミスして座ってしまいました。
「負けたのが悔しくて……というより、
自分より妹のほうが優れているってことに、
心の中で整理がつかなかったんです。」
ここには、兄としてのプライドや、
自分の立ち位置が脅かされたような感覚があったのだと思います。
たしかに、幼い頃に培われる優位性の感覚は、
特に兄弟姉妹間で強く意識されやすいものです。
年上=優れている、という構図が崩れたとき、
自我が大きく揺さぶられることがあります。
また興味深いのは、陽樹さんがこう続けた点です。
「勉強とそろばんだけは、妹に勝っていました。
でも、スポーツや、みんなからの人気、友達付き合いの広さでは、
まったく敵わなかった。」
この発言は、幼いながらも自分にとっての居場所を、
社会的な評価の中で必死に見出そうとしていた証でもあります。
「そろばんでなら勝てる」「勉強では負けていない」と、
自分が唯一自信をもてる領域にしがみつこうとする姿勢は、
ASD傾向をもつ子どもが自己肯定感を保つために、
特定の領域にこだわり続けるメカニズムとも重なります。
たとえ本人が「そろばんが好き」だと思っていたとしても、
背景には「ここで自分の存在を確かめたい」という心の動きがあるのです。
そしてその裏には、
「誰にも邪魔されたくない、比べられたくない」という、
強い不安感や劣等感が隠れていたのかもしれません。
この縄跳び大会のエピソードは、
陽樹さんにとって妹に対して初めて感じた敗北感であり、
同時に自分の居場所を探す
大きなきっかけになった出来事だったのでしょう。
[4] 🧮 ごぼう抜きのそろばん快進撃
「11月末に入院した直後、6級の合格通知が届いて…。
それがすごくうれしかったんです。」
陽樹さんは、そう言ってふっと微笑みました。
3年生の秋から始めたそろばん。
わずか数ヶ月で6級に合格し、年明けの1月末には5級、3月末には4級と、
まさにごぼう抜きの快進撃を遂げていきました。
「学年の誰よりも始めるのが遅かったのに、
気がついたら一番になっていたんです。」
これは、単なるそろばんが得意という話ではありません。
陽樹さんの中で、そろばんは
「優位に立てる場所」
「自分の努力が数字として見える世界」だったのです。
ASD傾向を持つ方の多くは、曖昧で流動的な人間関係よりも、
明確なルールと構造のある物事に安心感を抱きます。
そろばんのように、努力すれば確実に結果が出る世界は、
陽樹さんにとってとても「居心地のいい」ものでした。
「そろばん塾の先生が、僕の成長スピードに驚いて、
まだ4級の受験前なのに3級の練習を先に始めたんです。」
ここにも、ひとつ重要な要素があります。
本人の努力だけではなく、
それを見て適切に先を見据えた対応をしてくれた大人がいたこと。
それが陽樹さんにとって、大きな支えだったのです。
また、陽樹さんが目標としていたのは、
隣の小学校に通う、そろばん塾の娘さん。
既に3級の練習に入っていたその彼女の存在が、
陽樹さんにとって「具体的な目標」となり、
さらに自分を伸ばす原動力となりました。
「その子に追いつけるかも、って思えたんです。」
子どもにとって、憧れの存在やライバルの存在は、
成長を促す強力な刺激になります。
この時期の陽樹さんにとって、そろばんは単なる習い事を超えて、
「自己効力感」や「自己肯定感」を支える生命線のようなものでした。
自分がここまで来たという誇り。
人と比較される世界で、唯一自分らしくいられる領域。
陽樹さんがそろばんに熱中した理由は、技術的な才能だけでなく、
「ここなら自分を好きでいられる」という、
心の支えがあったからなのです。
[5] 🧠 小学生の小さな逆転劇
「その日、6年生のお姉さんたちがそろばん塾に来てたんです。
卒業前に、最後の練習をしに来たって。」
そう語った陽樹さんの表情には、ほんの少し誇らしさが混ざっていました。
3月上旬、日曜日のそろばん塾。
隣の小学校の6年生女子たちが数名、卒業を目前に控えて訪れた日でした。
彼女たちは皆、3級〜1級の合格者で、町内でも一目置かれる存在。
しかも6年生となれば、身体の大きさも、雰囲気も、
まるで大人に見えたことでしょう。
「僕はその日、たまたま残って練習していたんです。
そしたら先生が、『一緒にやってみようか』って言って、
僕をその輪に入れてくれました。」
そうして始まった読み上げ算対決。
6年生たちは次々と正解を出し、場が温まる中で、
先生は少しひねりのある問題を出題しました。
6年生全員が間違える中、
ただ一人、陽樹さんがその問題を解き、正解を出したのです。
「『陽樹、答えられるか?』って言われて、思わず言っちゃったんです。
そしたら『御名算(ごめいさん)!正解!』って。」
このときの陽樹さんの内なる快感は、どれほど大きかったでしょうか。
「小さい体」「低い学年」「そろばん歴が浅い」
──そうした先入観をすべて打ち破って、自分の力だけで周囲を驚かせた。
その体験は、幼い陽樹さんの中で強烈な成功体験として刻まれました。
ASD傾向を持つお子さんにとって、他者から驚かれる経験は、
しばしば自己評価の礎となります。
特に、本人の得意分野で予想外の高評価を受けることは、
他者とのつながり方を見つけるきっかけにもなり得ます。
「6年生のお姉さんたちがビックリしてて、
ちょっと照れたけど、嬉しかったです。」
その日、
先生は彼が始めてまだ1年足らずで3級の練習をしていることを伝え、
6年生たちがさらに驚いたそうです。
「またいつか、そろばんで勝負したかったな…って思いました。」
実際、その後も陽樹さんはそろばんを続け、
小学5年で段位合格を果たします。
ですが、この日、6年生たちと対等に勝負できた最初の記憶こそが、
のちの自信の礎となっていたのは間違いないでしょう。
「自分でも、『ここまで来た』って思えたんです。」
この小学生の逆転劇は、単なる技能の誇示ではありません。
自分より年上の人たちに、自分の力で立ち向かえたという実感。
それは、陽樹さんにとって、
初めて「自分の存在を証明できた」感覚だったのかもしれません。
[6] 👫 僕の中にあった「強さ」と「弱さ」
「3年生の終わりごろになると、だんだんクラスの中で誰が強くて、
誰が弱いかみたいな空気が出てきたんです。」
陽樹さんは、そう語りました。
子ども同士の間に生まれるヒエラルキーのような関係性。
それは思春期のずっと前、すでに小学校中学年で芽生えていくものです。
「僕は勉強ができて、算数やそろばんは誰にも負けなかった。
でも、それ以外では、ほとんど負けてました。」
体が小さい。
運動が苦手。
声が小さい。
言い返せない──。
そうした特性を持つ子どもが、目立つけれど守られにくい存在として、
時にからかわれたり、距離を置かれたりするのは、
残念ながら、現実には珍しくないことです。
「『はるっち』とか『はるくん』って呼ばれるのは好きでした。
でも、『はるき』って呼び捨てで呼んでくる子は怖かった。
だいたい運動ができる子でした。」
ここにあるのは、幼いながらも繊細な呼ばれ方の違いへの感覚です。
名前の呼び方ひとつに込められた力関係のニュアンスを、
陽樹さんは無意識に読み取っていました。
そして、その違いが自分の立ち位置を示すものとして、
彼の心に深く残っていたのです。
「学校って、苦手なことが多い場所でした。」
学校という場が、
陽樹さんにとって居心地の悪さを伴う場所になっていたことは明白です。
運動の授業で恥をかき、集団での関わりに気を遣い、
時には恐怖や緊張を感じる──。
そうした負の経験が続けば続くほど、「自分らしくいられる場」を求めて、子どもは自然と別のフィールドへと目を向けていきます。
「だから、僕、そろばんにすごくのめり込んだんです。
そろばんをやってると、誰にも文句を言われなかったから。」
このときの陽樹さんのそろばんへの集中は、好きという気持ち以上に、
自己肯定感を守るための手段だったのかもしれません。
ASDの特性を持つ子どもたちは、
苦手な環境ではエネルギーを消耗しやすく、
得意な環境ではその分集中力を発揮します。
陽樹さんにとって、
そろばんは自分の存在価値を守る城のようなものだったのでしょう。
「強い子と仲良くなりたかったけど、話しかける勇気がなかった。」
その一言に、私は胸が詰まる思いがしました。
強いという言葉が、
運動能力や声の大きさ、言い返す力として理解されていたこと。
そして、強くなれない自分を、
受け入れられないまま見つめ続けていたこと──。
けれど同時に、
勉強やそろばんの分野で確かな力を築きあげていた陽樹さんには、
他者から得られなかった肯定を、
自分の努力でつかもうとする意志があったのです。
「好きだったかどうかは、正直、今はよく分からないです。
でも、やらなきゃダメだと思ってた。
やらなきゃ、負けると思ってたから。」
この言葉の中に、幼いながらも必死に自分を保ち続けた陽樹さんの心の奮闘が感じられました。
弱さを自覚しながら、強さを育てていた。
それは、表面上には見えにくい、
小さな小さな成長の積み重ねだったのです。
[7] 🚌 思い出のバス、さようなら
「3月31日に、町内バスが変わったんです。
僕が保育園の頃からずっと乗っていたバスが、もう終わっちゃって……」
陽樹さんは、その出来事を特別な別れのように語ってくれました。
多くの人にとって、日常の中の交通手段である町内バス。
しかし、陽樹さんにとっては、それは単なる移動手段ではなく、
自分の世界をつなぐ大切な存在だったのです。
「バスの終点が、僕の家のすぐ近くだったんです。
最後のバスは、毎晩、そこにある車庫に入っていって。
帰ってきた!って、安心してました。」
それは、まるで仲間や家族が帰ってくるような感覚だったのでしょう。
彼にとって、毎日の風景に組み込まれたそのバスの存在が、
変わらないものとして心の支えになっていたのかもしれません。
「最終日、みんなで送別会をして、花束を渡して……
その夜、そのバスは、街に向かって走っていって、
もう戻ってこなかったんです。」
その瞬間を、陽樹さんは鮮明に覚えていました。
そして今でも「あのバス、あの車両はどこへ行ったんだろう」と、
静かに不思議そうに呟くその様子に、私は強く心を打たれました。
ASD傾向のある方の中には、
「慣れ親しんだもの」や「繰り返される日常のパターン」に対して、
強い愛着や安心感を覚える傾向があります。
それが突然終わる、あるいは変化するという体験は、
周囲が思う以上に深く心を揺さぶります。
「次の日から、新しいバスになりました。
車体も新しくて、走る道も違ってて──」
目に映る風景がガラリと変わり、乗り慣れた道が使われなくなった。
その非連続性は、小学3年生の陽樹さんにとって、
ちょっとした世界の喪失だったのではないでしょうか。
とはいえ、陽樹さんは続けます。
「でも、新しいバスに乗った日は、ちょっとワクワクしたんです。
新しい道を通るって、意外と楽しかったから。」
私は、ほっと微笑まずにはいられませんでした。
変化に対する不安と、そこに潜む好奇心──。
その両方が、幼い陽樹さんの中で静かにせめぎ合っていたのです。
この一連の出来事は、別れと出会い、喪失と再構築という、
誰もが人生で経験する感情の原型を表しているように感じます。
たとえ小さな日常の変化であっても、それが深く刻まれることもある。
むしろ、小さな体験こそが、心のかたちをつくっていくのだと、
私はあらためて思わされました。
[8] 📘 おわりに(次回予告:小学4年生・1学期)
こうして、陽樹さんの小学3年生の一年は幕を閉じていきました。
学校生活、妹との関係、そろばん塾での快進撃
──その一つひとつが、彼にとっては「自分という存在」を確かめるための
大切な時間だったのです。
日々の生活の中で、彼がどれだけ周囲の変化を感じ取り、
自分の位置を確かめ、目に見えない緊張の中を生きてきたか。
その一端が、今回の回想から垣間見えたのではないでしょうか。
とりわけ印象的だったのは、
そろばんを通じて得た「自分でもできるんだ」という小さな成功体験です。
それは、彼にとっての希望の種であり、未来への橋でもありました。
ASD傾向をもつお子さんの中には、
こうした「得意なこと」に出会うことが、
自尊感情を支える大きな要素になることが少なくありません。
だからこそ、興味関心の芽を信じて育てていくことが、
大人の役割なのだと私は思います。
さて、次回は、陽樹さんが小学4年生になった春からのお話です。
4年生に進級したことで、いよいよクラスが2つに分かれ、
学校生活にも新しい環境の変化が訪れます。
さらに、得意だったはずのそろばんで思わぬ壁にぶつかったり、
はじめて担任の先生に強く言われたという出来事も──。
多くの子どもが少しずつ
「自分と他者」「できることとできないこと」に直面し始めるこの学年。
陽樹さんがどんな風に悩み、考え、行動していったのか。
次回も、どうぞお楽しみに。
[9]✨【大切なお知らせ】次回・第10話より有料記事となります
ここまで、『ASD青年の成長物語』を無料で読んでくださった皆さま、
本当にありがとうございます。
篠原光として、陽樹さんの心の旅路をともに辿ることができたことに、
深く感謝しています。
この連載は、彼が一人の少年から青年へと成長していく過程を、
彼の記憶と心の変化に焦点を当てて丁寧に描いてまいりました。
第1章・第9話までお読みいただいた方は、きっと彼の繊細さとたくましさ、そして心の奥に秘めた想いに触れてくださったことでしょう。
さて、次回から始まる【第1章・第10話】以降のエピソードは、
有料記事とさせていただきます。
これは、より深く、より専門的な内容に踏み込みながら、
引き続きクオリティの高い執筆と構成を保つための判断です。
もちろん、これまで通り「物語性」と
「臨床心理士としての視点」を両立させた記事構成にしていきます。
読後にそっと余韻が残るような、そして心に問いかけるような、
そんな作品をお届けしてまいります。
陽樹さんが小学4年生になり、
いよいよ「外の世界とのつながり方」を模索し始めるこの先の展開は、
心に残るものになると確信しています。
次回の第10話から始まる新しい章も、ぜひご一緒いただけたら嬉しいです。
最後になりますが、これまで読んでくださった皆さま、
本当にありがとうございました。
そして、これからも応援してくださる皆さまへ
――感謝を込めて。
📖 この物語は、毎週土曜日に「定期購読マガジン」で更新中です。
続きが気になる方は、ぜひ下の🔗リンクから登録して、
一緒に彼の成長を見守ってください🕊️
ここから先は

🕊️ASD青年の成長物語(セルフケア特別編)
🍀ASD青年「陽樹」の小学1年生~50代までの壮大な物語。 🍀孤独~不和~国家資格取得~挫折~転職~異動~休職~社会復帰。 🍀仕事を辞めた…
この記事が参加している募集
🌸チップのご支援、本当にありがとうございます👨💼小泉士郎です🌳いただいたご厚意は学びや発信活動の糧として、大切に使わせていただきます。📘noteでは技術士試験対策の情報に加え、セルフケアや心に寄り添う言葉も日々綴っています。🌻温かく見守っていただけたら幸いです🐱✨
