【ASD青年の成長物語】第1章・第11話👦陽樹「小学4年生・2学期~冬休み」🕊️
小学校4年生の2学期。
外は肌寒くなり、年末の空気が少しずつ濃くなる季節。
他の子が成長していくように見える中で、
ぼくはぼくのままで、なんとなく宙ぶらりんな感覚を抱えていました。
今回の記事では、「体育」「話し合い」「そろばん」「冬休みの憂鬱」──
そんな日常の断片に、子どもながらの葛藤やこだわり、
息苦しさと向き合う姿を描きます。
ASD傾向を持つお子さんのことを考えるヒントとして、
また、自分の子ども時代を静かに振り返る時間として──
ぜひ、ゆっくりと読み進めていただけたら嬉しいです。
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[1]🍃はじめに|第10話の振り返りと、2学期の始まりに寄せて
こんにちは。臨床心理士の篠原 光(しのはら ひかる)です。
今回も、青年・陽樹さんの「心の軌跡」を辿っていきましょう。
第11話では、彼が小学4年生・2学期から冬休みにかけて経験した、
さまざまな出来事とその心の揺れ動きを取り上げてまいります。
彼のお話を伺っていて、
私がまず驚かされるのは、その記憶の解像度です。
まるで当時の情景が鮮明に映し出されるかのように、
登校前の朝の空気、バスの座席の位置、そろばん試験の点数、
周囲の反応まで
──彼は実に細部までよく覚えておられるのです。
第10話で描かれた夏休みのそろばん挑戦、初めての「不合格」という挫折。
それをどう受け止め、乗り越えようとしていたか──
特に、傷ついた心をそろばん1級問題への挑戦というかたちで
リスタートさせたところに、
彼の持つ「自発的回復力(レジリエンス)」の萌芽が感じられました。
そして迎えた2学期。
陽樹さんは、日常のひとつひとつの場面の中で、
彼なりに人間関係や役割、身体感覚、社会的期待、内的衝動といった
さまざまな刺激に直面していきます。
そこには、自分では言葉にできなかった違和感と、
それを言語化できるようになった今の自分との間に、
しっかりとした橋がかかっているように感じられました。
「忘れられない」ではなく「忘れられなかった」。
「気にしすぎ」ではなく「ずっと気になっていた」。
そんな、ASD傾向を持つ方ならではの記憶と感覚の積層を、
今回も丁寧に読み解いてまいります。
それでは本編へ──。
どうぞ、ゆっくりと読み進めてみてくださいね。
[2]🌀【登校①】宿題をかばんに押し込みながら
「計画性」と「先延ばし」の心模様
「9月1日の朝、通学バスが来る数分前に、
やっと宿題をかばんに押し込んだ」──
陽樹さんがこう語ってくれたとき、
私は思わず笑ってしまいそうになったのをこらえながらも、
その背景にある心の傾向を丁寧に聞き取りました。
4年生の夏休み。
宿題を「終わらせられなかった」という事実の裏側には、
「計画性がなかった」という自己認識と、
「楽しくなかったから後回しにした」という素直な感情、
そして「ドリルはサクサクできた」
という得意・不得意の分かれ方が含まれています。
これは、
ASD傾向を持つ方によく見られる「選択的集中」と「関心の偏り」、
そして「自己実行機能(いわゆる段取り力)」に関連した
典型的なプロファイルのひとつです。
興味の持てない課題に対して、どうしても優先順位をつけられず、
ギリギリになってもエンジンがかからない。
頭の中では「やらなきゃ」と分かっていても、体が動かない。
そのくせ、得意なドリルのような形式的・反復的な課題には、
なぜかスッと集中できる。
この矛盾しているようで矛盾していない構造に、
幼少期から長く悩まされてきたという当事者の声は、
私のカウンセリングでも本当によく聞かれるところです。
陽樹さんは、あとになって「この4年生のときが一番ひどかった」
と笑って話してくれましたが、
そこにはふり返ることができるようになった自分がいます。
今でこそ笑って語れることでも、
当時の彼にとっては「自己嫌悪の引き金」になっていたかもしれません。
この場面は、ただの「あるあるエピソード」では終わらせたくないのです。
宿題の先延ばしひとつをとっても、
その人の行動のクセや思考の仕組みがにじみ出る。
そうした観点で読み解いていくことで、
自己理解や支援の糸口が見えてくることもありますから。
[3]🚌【登校②】通学バスでの「あの日の嘔吐」
謝れなかった自分と、笑顔をくれたお爺さん
2学期の始まり。
夏休みの作品や工作物、自由研究などを抱えて、
たくさんの子どもたちが乗り込む通学バスのなかで──
陽樹さんは、気分の悪さと苦しさを耐えきれず、
とうとう嘔吐してしまったそうです。
座席の隣にいたのは、たまたま同乗していた年配の男性でした。
その方は、言葉ひとつ発さず、
静かにご自分のハンカチで服についた嘔吐物を拭いてくれたそうです。
その光景が、陽樹さんの記憶には鮮やかに刻まれています。
「小学生の目に見られて恥ずかしかった」と語る彼ですが、
もっと強く印象に残ったのは、
「お爺さんに謝れなかったこと」だったと言います。
嘔吐という予期せぬ出来事による混乱のなかで、
自分の非を直視できず、「悪くない」と思おうとしていた──
これは、感情の処理と認知の防衛が混ざり合う、繊細な心の反応です。
実際、ASD傾向を持つ方の中には、思春期以降も
「素直に謝れない自分」に悩まれる方が多くいらっしゃいます。
謝罪には「自分の失敗を他者の前で明らかにする」勇気と、
「相手の気持ちに想像を及ぼす」共感力が必要です。
これらの力は、経験によって育まれていくものですが、
幼少期に「謝り方のモデル」を見られなかったり、
感情の切り替えが苦手な特性があると、その難易度はさらに高くなります。
興味深いのは、数ヶ月後に陽樹さんが、
あのときのお爺さんに自ら座席を譲ったというエピソードです。
「詫びるつもりではなかった」と彼は語りますが、
その行動には、自分なりの埋め合わせが込められていたのかもしれません。
そしてそのとき、お爺さんが微笑んでくれたことを、
彼は今もはっきり覚えているのです。
人は、言葉を交わさなくても、温かさや優しさを心に刻むことができます。
あの通学バスの中で交わされた、たった一度の沈黙のやりとりは、
陽樹さんにとっても、今なお忘れがたい記憶となっているようです。
[4]📛【教室①】推薦されるのが怖い
学級委員に選ばれそうになった日
学期のはじまりとともに、
クラスでは学級委員を決める時期がやってきます。
陽樹さんが小学4年生の2学期──
彼は、その役割にだけはなりたくないと、強く思っていたそうです。
人前に立ちたくない。
放課後に開かれる学級委員会が面倒。
帰りが遅くなって疲れるし、その内容をクラスに報告するのも苦痛。
彼にとって、それは重要な役目というより、負担のかたまりでした。
実は彼、2年生の3学期には自ら学級委員に立候補した経験がありました。
けれど、そのときとは事情が違っていたのです。
年齢が上がるにつれ、負担感や周囲の目への意識が強まり、
「自分の苦手なことを人前でさらけ出すのが怖い」
という思いが育っていったのでしょう。
今回、誰も立候補しなかったため、
「推薦による投票」で委員を決めることに。
結果、陽樹さんはなんと2位。
1位とは、たった1票差だったのです。
「しっかりした人」よりも、
「勉強ができそうな人」が選ばれる風潮のなか、
算数が得意で、そろばんの名手として知られていた彼は、
自動的にふさわしい人として票が集まってしまいました。
決選投票では、
1位と2位のふたりが全員の前でひとこと挨拶するという流れに。
けれど、
両者ともに口をそろえて「僕はなりたくありません」と言ったのです。
担任の先生は明らかに落胆した表情を見せたそうですが、
陽樹さんは「嘘をついても仕方ない」と心の中でつぶやいたといいます。
結果は、思惑どおり「敗退」。
「負けたとき、心からホッとした」と語る彼の言葉は、
役割を避けたかったという単なる逃避ではなく、
「自分のキャパシティを正しく理解していた」証でもあります。
ASD傾向のある方にとって、「推薦される」「選ばれる」ということは、
ときに賞賛ではなく圧として感じられることもあります。
それは、
「できること」と「やりたくないこと」が必ずしも一致しないから。
周囲からの期待と、自分の本音のズレに悩まされる──
そんな経験は、子ども時代だけでなく、
大人になってからも繰り返されるテーマなのかもしれません。
[5] 🎌【行事】応援が楽しかった
「怖さ」を乗り越えた秋の大運動会
学校生活のなかでも、秋の運動会は、特別な行事の山場です。
競技、応援、係活動……
さまざまな場面で、子どもたちは普段とはちがう顔を見せます。
陽樹さんにとって、小学4年生の運動会は、
過去の「怖かった記憶」を塗り替えてくれた体験でした。
というのも──彼にとって1年前の運動会、
つまり3年生のときの運動会には、苦い記憶が残っていたのです。
当時、放課後におこなわれていた応援練習をサボったところを、
上級生に見つかってしまった。
その6年生は、怒り方も怖くて、泣いても許してもらえなかったそうです。
「サボった自分が悪い」という気持ちもある一方で、
「恐怖が先に立って謝れなかった」という無力感と後悔が、
彼の中にずっと残っていたのだとか。
ところが、4年生の秋に迎えた運動会では、
そんなトラウマを癒すような出会いがありました。
応援団長を務めていた6年生が、なんともコミカルな先輩だったのです。
指示の出し方も面白くて、どこかユーモアがあって、
決して威圧的ではなかった。
そのおかげで、練習が苦役ではなく楽しみに変わっていったのです。
陽樹さんが特に記憶に残っているのは、「応援合戦の替え歌」。
その年に流行っていたポップソングの替え歌だったのですが、
配られたプリントに歌詞の間違いがあったらしく、
それをわざと間違えたまま歌うことが、
子どもたちのあいだで流行っていたそうです。
内容よりも「一緒にふざけられる時間」が楽しかった──
その懐かしそうな語り口からも、当時の空気がにじみ出てくるようでした。
ちなみに──
その替え歌、今でも一曲まるごと歌えるそうですよ。
間違ったまま(笑)。
ASD傾向のある子どもたちにとって、
行事は緊張と混乱の連続になりやすい場面です。
けれど、「叱る」ではなく「笑わせる」先輩や先生がひとりいるだけで、
世界の見え方が変わることもある。
陽樹さんがこの運動会で得た安心感は、
大きな意味を持っていたのだと思います。
[6]🧮【挑戦①】そろばん2級、リベンジ合格
「負けから学んだこと」
それは、夏の終わりのほろ苦い記憶から始まりました。
7月末のそろばん検定──
陽樹さんは、はじめて「不合格」という結果を経験します。
それまでは順調に進級し、
どこか落ちるはずがないという心のゆるみがあったのかもしれません。
しかし、この一度の不合格が、彼の姿勢を一変させました。
「気を抜いてはいけない」
「高得点じゃなくてもいい、合格ラインをしっかり超えればいい」
そう自分に言い聞かせながら、日々の練習に取り組むようになります。
しかも彼はすでに、より上位である1級の練習も始めていた時期でした。
だからこそ、再挑戦した2級の内容はむしろ簡単に感じたそうです。
そして──迎えた9月末の検定。
結果は、500点満点中445点。
合格基準の400点を大きく上回る得点でした。
それだけではありません。
当時、陽樹さんが通っていた塾では「塾の先生の娘さん」も2級を受けていたのですが、彼女は残念ながら不合格。
この一件で、陽樹さんは事実上、
この田舎町における小学生そろばん1位の座に立ったのです。
しかも、1級に挑む小学生はごくわずか。
さらにその上の段位に進む子どもとなると、当時は皆無。
つまり彼は、5年生や6年生も含めた「全町内の小学生でトップタイ」というポジションにまで、上り詰めていたことになります。
……でも、彼が本当に誇りに思っているのは、
点数や順位ではないようでした。
「不合格から立て直せたこと」
「満点主義を手放せたこと」
「ちゃんと合格に届く努力ができたこと」
その実感が、後の彼にとって大きな支えになっていったのだと感じます。
ASD傾向のある子どもたちには、
完璧を求める傾向や、失敗を極端に恐れる傾向が見られることがあります。
でも、
「落ちたからこそ強くなれた」
「負けたことで自分を見つめ直せた」──
そんな経験は、子どもたちの内面を、確実に育ててくれるのです。
[7]🌾【家庭】稲刈りの季節が、僕を憂うつにさせた
「跡継ぎ」としての重さ
10月。
秋晴れの空の下、黄金色に染まった田んぼを見て、
心が弾む子どもはきっとたくさんいるでしょう。
でも──
当時の陽樹さんにとって、この季節はただただ「憂うつ」でした。
毎年10月になると、ご実家では稲刈りの時期を迎えます。
田んぼは、代々受け継がれてきた大切な土地。
そして、お母さんが継いだ家に養子として入ったお父さんは、
当然のように息子である陽樹さんに農作業を手伝わせようとします。
その背景には、「跡継ぎ」という言葉が重くのしかかっていました。
けれど陽樹さんは──
体力に自信がなかったし、田んぼのにおいも嫌いだった。
泥に足を取られ、服が汚れることも、何より自分の時間が奪われることも、
我慢なりませんでした。
それでも母は言いました。
「○○くんはちゃんと親と稲刈りしてるらしいよ」
──比べられることが、またつらかった。
あいつは身体が大きいし、体力もある。僕とは違うんだよ
そう思っても、その声は家庭の中では通らない。
農作業に「かっこよさ」を見いだせなかった当時の彼にとって、
それは大人の押しつけにしか感じられなかったのです。
ASD傾向のある子どもは、
「自分の時間」や「ペース」をとても大切にすることがあります。
そのため、誰かの価値観で土足のように踏み込まれると、
強い不快感や無力感を抱きやすいのです。
加えて、家のために、将来のために、という理由で、
やりたくないことを強制されると、
心の奥にじわじわと「居場所のなさ」が広がっていきます。
彼が稲刈りを嫌ったのは、
単に体力や泥汚れの問題ではなかったのかもしれません。
「僕の気持ちは、誰にも届かない」
そんな孤独が、秋の空気とともに胸を冷たくしていたのでしょう。
🕊️ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この先には、
陽樹さんが「話し合いの議長」に選ばれて混乱するエピソード、
そろばん1級への挑戦、
小さな体に抱えたコンプレックス、
そして休み終わりに感じた人生最初のカウントダウンが綴られています。
ASD傾向をもつ方や、
ご家族・支援者の方にとっても、深く共感できる場面が続きます。
ここから先は

🕊️ASD青年の成長物語(セルフケア特別編)
🍀ASD青年「陽樹」の小学1年生~50代までの壮大な物語。 🍀孤独~不和~国家資格取得~挫折~転職~異動~休職~社会復帰。 🍀仕事を辞めた…
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