書道家 603号室の住人
人生訓のような
短い言葉を書く、
人気の書道家がいる。
会場の壁には、
代表作、『うまくいかない、だもの』
が、展示されていた。
開場前、記者が先生に尋ねた。
「先生は、書をお書きになられるとき、
何を一番大切にしていらっしゃいますか」
「そうですね……
一度置いた線を、
なかったことにしない。
そんなところでしょうか」
記者たちは、
ほう、と息を漏らした。
「要は、間違えないように書く。
それだけです」
「では、先生の筆に迷いはないんですね」
「はい。
あ、えっと……サインだけは、ときどき」
書展を見終えた人たちが、
作品集を手に、
サインを求め、列を成した。
「先生、素晴らしい書展でございました。
サインの宛名ですが、
娘へプレゼントしたいので、
『舞子』で、お願いいたします」
「はい」
先生は筆を走らせた。
家に帰ると、
母親は早速、
娘の舞子へ本を手渡した。
「先生のサイン入りよ、
宛名は
あなたの名前にしていただいたの」
舞子は喜び、本を開いた。
『迷子さんへ』
「え? まいご???」
【書展レビュー】
★★★★★
397件の書展レビュー
🎂★★★★★ Sachi
母の誕生日に作品集を購入しました。
名前は、「さちこ」
出来上がったサインを見たら、
『シャチ子さんへ』
母は海洋生物になりました。
🏦★★★★★ 金ちゃん
私、金子と申します。
昔から先生の言葉が大好きです。
わくわくしながら、
書いていただいたサインを見ると、
『金庫さんへ』
早速、通帳と実印を預けました。
😱★★★★★ みやび
書展も作品集も、とても素敵でした。
サインをいただく際、
私は緊張で
声が裏返りそうになりながらも
「まさこです」とお伝えしました。
途中のカフェで、
作品集を開いてみたら、
『まさかさんへ』
こちらが、まさかでした。
翌年のこと。
先生の書展は、
前年度より、
さらに多くの人が集まった。
「何になりました?」
「直子が、ナマコです」
「海ですね」
「そちらは?」
「和子が、数の子でした」
「お正月ですね」
「交換します?」
「母のなので、ちょっと」
「いかがでしたか?」
「翔子が、証拠でした」
「何の証拠でしょうか?」
「いやぁ、それが分からなくて……」
三年目の書展。
今年も
たくさんの方が集まり、
書展も大盛況に終わった。
【書展レビュー】
★★★★☆
874件の書展レビュー
📔★☆☆☆☆ フラワー
先生の大ファンです。
心躍る気持ちで会場へ向かいました。
サイン会にて、
「花子です」
そう告げると、
先生はためらうことなく、
『花子さんへ』
もう二度と行きません。

「なんのはなしです課」通信 松平な57通目より
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