【読書記録 -156】2032年、日本がスタートアップのハブになる
イノベーションは設計できる
本書『2032年、日本がスタートアップのハブになる』の著者 フィル・ウィックハムは、Sozo Ventures共同創業者であり、スタンフォード大学工学部講師でもある。工学を学び、自ら起業し、投資家として数多くのスタートアップを支援してきた人物だ。

しかし、この本は起業のノウハウを教える本ではない。
著者が見ているのは、一つひとつの企業ではなくイノベーションが生まれ続ける社会の構造である。
本書には、しばしば「天才」という言葉が登場する。
フィル・ウィックハムは、Spotifyの創業者 ダニエル・エクのような人物を天才の例に挙げながら「世界を動かす存在」と語っている。
天才と言えば…
マルコム・グラッドウェルも『天才! 成功する人々の法則』で、天才は個人の能力だけでなく、時代や環境、人との出会いが成功を左右すると論じていたはずだ。
フィル・ウィックハムもまた、同じ問いを別の角度から考えているように思える。
正確にいうと、マルコム・グラッドウェルの問いは「天才が生まれる条件とは何か?」であったが、フィル・ウィックハムの問いは「天才が活躍し続けられる社会をどう設計するか?」であろう。
日本に足りないもの
日本は世界でも最高レベルのQOLを持つ国だ。
生活は安全で、教育水準も高く、インフラも整っている。にもかかわらず、日本では世界を変えるようなスタートアップが次々と生まれているとは言い難い。
著者は、その理由を人材不足には求めない。
むしろ、日本にはイノベーターのためのキャリアパスが存在しないことを問題視している。
挑戦した人が再び挑戦できる仕組み。
経験が次の世代へ受け継がれる仕組み。
そうした土台が十分に整っていないのだ。
日本に足りないのは才能ではなく、挑戦が循環する構造なのである。
最大の敵は「恐怖」
人は失敗するから挑戦できないのではない。
失敗を恐れるから挑戦できないのである。
だから著者は、フィードバックを受け入れることや「バルネラビリティ(自分の弱さや不完全さをあえて他者にさらけ出すこと)」が重要だと説いている。
そして、人間のあらゆる行動は「深い自己認識」と「無意識の恐怖」との絶え間ない戦いなのだという。
フィル・ウィックハムは「恐怖を抑えよう」とか「恐怖に抗おう」とは説いていない。彼が勧めるのは「恐怖と友達になること」。それが挑戦し続けるための第一歩だ。
そして挑戦には「アッパーリミット問題」も影響する。
アッパーリミット問題とは、心理学者ゲイ・ヘンドリックスが提唱した、幸せや成功が自分の心の限界(上限)を超えたとき、脳が無意識に不安やネガティブな思考を作り出してその状態を壊そうとする現象のことを指す。
つまり、人は成功を望みながら無意識のうちに自らブレーキを踏んでしまうことがあるのだ。
そう、イノベーションを妨げている要因の多くは、能力不足などではなく、人間の心理なのである。
イノベーションとは高速学習である
フィル・ウィックハムは、本書の中で「スタートアップの真のリスクはリスク回避である」と述べている。
挑戦しないことこそが最大のリスクだ。
だから最も重要な目標は「素早い試行錯誤」だ。
「正しいか・間違っているか」「成功か・失敗か」という二元論で物事を判断してはいけない。一つひとつの挑戦は、成功か失敗かを決めるためではなく、次の学びを得るためにあるのだ。
そして、様々なフィードバックを完全にオープンに評価する姿勢も欠かせない。つまり、イノベーションとは「学び続ける仕組みをつくること」なのだ。
「優れた答えを出す」ことではなく…
設計者の視点
フィル・ウィックハムは投資家というより「設計者」だ。
工学を学び、起業し、投資家として世界中のスタートアップを見てきた彼は、一社の成功よりも、その成功が何度も再現される構造に興味を持っているのだろうと感じた。
彼の主張は、一貫して「人と人との関係性が、新しい挑戦を生み出す土壌になる」という考え方だ。だから彼は「イノベーションに近道はない」と言い切る。人を育てることも、組織を育てることも、一朝一夕では実現できないからだ。
優れた設計者は、人を変えようとはしない。
人が挑戦したくなる環境をつくり、その挑戦が次の挑戦者を育てる仕組みを設計する。そして失敗は経験となり、その経験は知恵となって誰かへ受け継がれていく。その循環の中で、人と人とがつながり、新しい価値が生まれ続ける。
フィル・ウィックハムは、この循環する仕組みを「エコシステム(生態系)」と呼んでいる。
イノベーションとは一人の天才が起こす奇跡ではないのだ。
参考リンク
Amazon『2032年、日本がスタートアップのハブになる』
Sozo Ventures: websaite
