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【読書記録 -149】メンタリングの技術

本田勝嗣著『メンタリングの技術』を読んだ。
本書の出版は2005年。メンタリングの実践方法を解説した一冊だ。

しかしボクが気になったのは、メンタリングの技術そのものではなかったのだった…

工業社会の競争が変わり始めた

時代を遡ってみると、1980年代のアメリカで、様々な「人を育てるための理論」が生み出された。

HRM(Human Resource Management)という概念が生まれ、OJTやコーチングなどが人気を博すようになった。本書の中心に置かれている「メンタリング」もその一つだと言っていいだろう。

産業革命以降、先進国の企業はより良い製品を、より安く、より早く作ることを競っていた。だから、当時の企業は競って工場を建て、設備を導入し、生産効率を高めたのだ。つまり、当時の企業の競争はいかに効率的に「モノ」を生み出すかであり、そのために機械化に投資するのが世界の常識だったのだ。

しかし1980年代、その常識が揺らぎ始める。
それは、日本企業が自動車や家電を中心に世界市場を席巻したからだ。

日本企業に対抗するために、アメリカ企業は日本企業の強さを分析した。しかし、日本企業に最新鋭の設備があったわけでもなく、とりわけ安い人件費だったわけでもなかった。日本企業の競争力の源泉は別のところにあったのだ。

トヨタ生産方式、QCサークル、TQC、カイゼン…
それは、現場で働く人たちが自ら考え、小さな工夫を積み重ねていく文化だったのだ。アメリカ企業は、自分たちと同じような設備を使っていても、そこにいる人の考え方や行動によって結果が変わることを知ったのだった。

― ボクは学者じゃないから学術的な根拠は提示できないが、おそらくそうだったろうと思っている ―

「人を育てる」が経営になった

こうした背景もあって、1980年代のアメリカでは人材開発に関する研究が次々と進んでいく。

この時代に、キャシー・クラムはメンタリングを体系化し、スティーブン・コヴィーは『7つの習慣』を出版した。その後にはピーター・センゲの『学習する組織』も登場する。

一見すると、それぞれ異なる分野の理論に見えるけれど、共通しているのは、人を管理することではなく、人が育つ環境を設計することに目を向けている点だ。

工業社会では、設備を管理することが重要だった。
しかし知識社会では、人の可能性を引き出すことそのものが競争力になる。

つまり、投資の対象が「モノ」から「人」へ移り始めたのである。そして、その人材開発の考え方はアメリカで開花し、海を越えて日本に逆輸入されたのだ。

メンタリングを組織に根付かせる

メンタリングとは、答えを教えることではない。

メンタリングは相手の可能性を信じ、自ら考え、自ら成長できるよう支援すること、そしてそれを一部の優秀な上司だけの技術で終わらせないことだ。

以前読んだ福島正伸氏の『メンタリング・マネジメント』が「管理職はどうあるべきか」を中心に語っていたのに対し、本書はそのべき論を「組織としてどう実装するか」に重点を置いているように感じたのだった。

本書で著者は、その「べき論の実装」を、制度や運用手法まで踏み込んで解説している。だから本書は、メンタリングの技術を学ぶ本ではなく、「人が人を育てる文化」を組織に根付かせるための設計書だったのだと思う。

時代はようやく追いついた

当時は「人的資本経営」という言葉も一般的ではなく、人材育成は「コスト」として扱われることも少なくなかった。しかし現在では、人への投資が企業価値を左右するという考え方が広まり、人的資本の情報開示まで求められるようになった。

そう考えると、本書は単なるメンタリングのハウツー本ではない。
工業社会から知識社会へ移り変わる時代の中で、「人への投資」を組織に実装する方法を書いた本だったのだろう。

だからこそ20年以上経った今読んでも古さを感じない。
むしろ、ようやく時代が本書に追いついたのかもしれない。


参考リンク

・本田 勝嗣『メンタリングの技術』

・キャシー・クラム『メンタリング―会社の中の発達支援関係』

・スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』

・ピーター・センゲ『学習する組織』

・トヨタ生産方式(トヨタ公式)


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