#127 Nobody's fault に込められた物語——「再生」を選んだ日のこと
あの日の余韻が、まだ胸の中に残っています。
4月11日。LAST SONGでパフォーマンスされた「Nobody's fault」
ライブレポートにてその場で感じたことは記しましたが、今回はこの楽曲に込められた表現の深さについて、改めて綴りたいと思います。
尖塔のポーズに込められた意味
「Nobody's fault」には、非常に重要なポーズがあります。手を△の形にして目の前に掲げるあのポーズです。

もはや有名すぎる話ではありますが——左目が「再生」、右目が「破壊」を意味しています。
古代エジプトで右目は「破壊」、左目は「再生」を表すとされていることからインスパイアされた振り付けだそうです。
この背景については、「Start over!」の特典映像、2周年Buddies感謝祭にてTAKAHIRO先生が詳しく解説してくださっています。
恥ずかしながら私はしっかりと見たことがなかったのですが、今回の5thアニバーサリーライブのパフォーマンスを目の当たりにして「これは絶対に見なければ」と感じ、あらためて入手して視聴しました。
イントロでは目を瞑り、下を向いて、手を▽の形にして下へ向けるところから始まります。


この三角の型は「尖塔の型」と呼ばれるそうです。もともとは教会の尖った屋根の形を表しており、最初に▽と下向きになっているのは「欅坂」を象徴しているとのこと。欅坂は下へ、心の奥底へとグッと入り込んでいく表現。そこから反転させながらも、欅坂の根から繋がっているイメージとして、櫻坂では△のポーズへと変わっていく——それが、この楽曲の始まりに込められた意味だったのです。
さらに、この教会のメタファーは、欅坂最後の楽曲「誰がその鐘を鳴らすのか」の世界ともリンクしています。
教会には鐘がある。そして「誰がその鐘を鳴らすのか」では「愛の救世主」を探している。その「愛の救世主」の可能性を持つ存在として、森田ひかるさんへのメッセージがここに託されていたとのことでした。
あの楽曲で、「愛の救世主」の歌詞の場面で彼女が切り取られていたのは——そういうメッセージを、そういう宿命を背負っていたからだったのですね。

そしてTAKAHIRO先生は、櫻坂の始まりにあたり、森田ひかるさんに問いかけたそうです。「△をどちらの目にするか——右目(破壊)か、左目(再生)か」と。
その時、彼女は「再生」を選んだ。
それを受けてTAKAHIRO先生は「再生」をイメージして、櫻坂の振り付けを作り上げていったとのことです。
これほどコンセプチュアルに、これほど緻密に物語が紡がれていたことを、今頃になって知りました。知ることができて、本当に良かったと思っています。
森田ひかるさんは2日目、涙をこらえながらこう言っていました。
「私たちが櫻坂として歩み始めて最初の始まりの曲でもあるので、その楽曲をまだどういうグループになっていくのかってのを分からない時に、二択を迫られたことがあって、それで私は『再生』っていうほうを選んだんですが、今までNobody's faultを披露させていただいている時にも、一度壊してしまってまた私達で作り直していっても良かったんじゃないかなって思う時もあったんですが、でも今日この景色を左目で見た時に初めて再生を選んで良かったなって思いました。」
森田ひかるの言葉に浮かんだふたつの問い
破壊を選んだ最初のシーンの意味
この言葉を聞いた瞬間、私の頭の中にふたつの問いが生まれました。
ひとつ目は、欅坂ラストライブと「Nobody's fault」MVの表現についてです。
実はこのふたつだけが、右目——つまり「破壊」でパフォーマンスされていました。


あくまで勝手な推察ですが、MVやラストライブの時点では、運営側に「欅坂のアイデンティティをすべて壊し、ゼロから始める」というコンセプトがあったのかもしれません。あるいは、一度「破壊」を経た上で、欅坂と決別するのか、それとも欅の根を継承しながら再生していくのか——櫻坂として最初の一歩を踏み出す際に、初めてその選択肢が問われたのかもしれません。
いずれにせよ、彼女が「再生」を選んだからこそ、今の櫻坂がある。櫻坂のライブで欅坂の楽曲をパフォーマンスすることも、振り付けの中に欅坂のニュアンスが息づいていることも、すべてあの選択があってこそです。「条件反射で泣けてくる」にも、多くの欅坂の振り付けへのオマージュが込められているそうで、この点もTAKAHIRO先生が同じシーンで解説してくださっています。
「初めて良かったと思えた」という言葉の真意
そしてもうひとつの問いは、「初めて」という言葉についてです。
「初めて再生を選んで良かったなって思えました」
彼女は国立の場所でそう言いました。
5年間、ずっと「本当に再生で良かったのだろうか」と葛藤し続けていたということ。
「破壊」、すなわち欅坂との完全な決別として新たな表現を切り拓く道もあった。それでもあえて欅坂のアイデンティティを継承する道を選んだことが、本当に正しかったのか——彼女はずっとそれを問い続けていたのです。
欅坂と櫻坂をめぐる論争は、どうしてもファンの間で生まれてしまいます。全員が幸せになれる答えなど、そう簡単には存在しない。そういった声が、メンバーにも届いていたのかもしれない。そして森田さんは、そんな声の中で悩み続けていたのかもしれません。
私は、「再生」を選んでくれて本当に良かったと思っています。欅坂のパフォーマンスを届けてくれること、欅坂時代の話に触れてくれること——それがどれだけ大切なことか。もしそれを封印してしまえば、過去を否定することになる。
二期生のメンバーは欅坂に憧れて入ってきた。欅坂として活動した日々がある。三期生・四期生の中にも、欅坂時代から応援してきたメンバーがいる。彼女たちのアイデンティティには、間違いなく欅坂の血が根付いている。それを壊すことは、自分たちが歩んできた道を否定することであり、長年応援してきたファンの想いを否定することでもある。だからこそ、「再生」を選んでくれて良かった。心からそう思います。
今回のライブでは、欅坂の楽曲もあるのではないかと期待していました。特に「誰がその鐘を鳴らすのか」は、ファンの前でまだ一度もパフォーマンスされていない楽曲。オリジナルメンバーである二期生がいる間に、ぜひ見たいと思っていました。
しかしこの2日間のパフォーマンスを見て——そして「Nobody's fault」のあの瞬間を見て——これ以上のものはないと、そう思わせてもらえました。
これからも、何年経っても。櫻坂が10年、20年と続いていく中で、「Nobody's fault」「BAN」「Start over!」「何歳の頃に戻りたいのか?」——櫻坂の歴史を彩り、歴史を創ってきたこれらの楽曲を、ずっと歌い続けてほしい。そう強く思います。
私の好きな「誰がその鐘を鳴らすのか」もNobody's faultの最初の▽の中にその魂は宿っている。そう思うと、これから二期生がいなくなり、五期生、六期生と歴史が引き継がれていっても、この欅坂の魂は、この楽曲の魂はそこにあると思えるのでしょう。(でもその文脈でいつか歌ってくれてもいいなぁ…淡い期待も少し持ってはいます)
だからこそ僕はずっと見ていたい
TAKAHIRO先生は、Buddies感謝祭の楽曲講座の最後にこう言っていました。
「あくまでこれは初めの形であって、振り付けは生きています。メンバーがどんどん変えていってくれる。作ってくれるのがメンバーで、それを一緒に形作ってくれるのがBuddiesの皆さんで。だからこそライブが面白い。だからこそ僕はずっと見ていたい。」

スタッフさんが、メンバーが、ここまで深く考えて作り上げてくれている。そして今回のライブでマモリビトが緑に染まったように、「静寂の暴力」が沈黙と暗闇の空間へと変わったように——Buddiesも一緒にその形を作っていく存在でありたい。
だからこそ私も、櫻坂をずっと見ていたい。これからも、一緒に物語を創っていきたいと思います。
※写真出典
Seed & Flowerが所有しており、様々なメディアに提供し使われている写真を使用させていただいております。
