『初めまして』なのに『初めまして』な気がしない不思議:オンライン時代の人間関係と学校の未来
『久しぶり!…いや、はじめましてだっけ?』
今日は、『オンラインで繋がっていると、初めてでも初めましてな気がしない』という現象についてお話ししてみたいと思う。
茨城には堀下恭平(ほりっしー)さんという方がいる。
茨城で『なんかコトを起こしたい』と思ったら、どこかで一回は会っている人だ。
僕はいつか会うだろうなと思っていたし、Facebookで友達申請もしていた。
彼は県内でもかなり活発に活動していて、様々な人と繋がりを持ち、僕と似たような活動をしていたためだ。もはや、友達申請をしたタイミングは昔過ぎて覚えていない(笑)。
しかし、奇妙なことに対面では会ったことがないのだ。(いや、よく考えてみたらオンラインでも話したことがなかった)
イベントに行ってみたら彼はいなかったり、よし、会いに行くぞ!と思ったら彼がいなかったり、会えるかなと思っている時に会えなかったり、僕が行けないタイミングだったり。
とにかく会えな過ぎて「いつかは会える」が「会ってはいけない人」へと変わっていくくらいには会えなかった。
様々な場所でアクティブに動いているのに、なぜか会えない、ということが続いていたのだ。
8年間の『すれ違い』のドラマ
では、こうしたら会えるだろうと画策したことがある。
それは、僕が企画した大きなプレゼンテーション大会で、審査員として堀下さんをお呼びしたのだ。
これは完全に狙ってやった。堀下さんを呼びたいということではなく、ぶっちゃけ会うために堀下さんを呼んだ。
もちろん、承諾してくれて、いよいよ会う日を待っていたのだ。
しかし、これで直接会えるだろうと思っていたのだが、なんと大会当日は巨大な台風がぶつかってしまい、日付が延期になってしまったのだ。
・・・そんなことってあるんか?(笑)
その時も「ああ、延期の日ではちょっと無理だわ〜」と言われてしまい、結局会えずじまいだったのだ。
ここまで来ると逆に運命を感じてしまうほどだ。
それからも共通の友人はどんどん増えていく。
増えるたびに「堀下さんと一度も会ったことないんですか?」「お互いあんなにアクティブなのに信じられない(笑)」と、もはやネタにされてしまうほどだった。
びっくりすることにこれがリアルだけでなく、オンラインを含めて会ったことがなかったのだ。尚更ビックリだろう。
まさかこれほど会っていないということがあり得るのか、と思うほど、一度もすれ違うことなくなんと8年が経過してしまった。
会おうと思っていたのに、知り合ってから8年も経過するってことある?w
ついに実現した『奇跡の初対面』
そんな中、「いばらきチャレンジアワードに出してみたらどうか」という話があり、今回は応募してみるかと準備を進めた。
そして、そこに関係する交流会があるらしいという情報が入り、「ああ、じゃあ行ってみるか」と思って参加をしたところ、どうやらそれが堀下さんの企画しているものらしい、という話が出てきたのだ。
「これは、いよいよ会えるのではないか!」と期待に胸を膨らませたのだ。
エレベーターを上がる時、実にドキドキした。
「いよいよ会えるのか…」
そして、受付を済ませたところで本人が登場!
ついに会えたのである!
「すごいな、ついに会えたぞ!」と思い、「ああ、堀下さん!」と声をかけると、
「あ、久しぶり!」と返された。
ん?
はて?
「久しぶり?一度会ったことあったっけ?」と思った。
彼は忙しなく別のところへ移動してしまった。
僕は呆然としながら会場へと足を運ぶ。
いや、待て。やはり会ったことがないだろう。
なぜ会ったことがないことに気づいたかというと、その時初めて堀下さんの声を聞いたからだ。
「意外と声が高いぞ、この人!」と思ったのだ。
これは本当に会ったことがない、話したことがない特徴の一つでもあると思う。(相手はそう思ってなかったのだろうか(笑))
お互いに「初めて」という気が全くしないのに、僕だけが「会ったことない、会ったことない」と認識していたのだ。
だから、「実は初めましてなんですよ」と伝えると、堀下さんは「嘘やろ!?」と驚いていたが、後でメッセンジャーの履歴を見返してみると、本当に「初めまして」だったという。
では、なぜ気づかなかったのか?
それはFacebookでお互いの情報を見ていたからだと言う。
「Facebook、うるさいよね(良くも悪くも情報量が多いという意味)」と言われたのだが、Facebookなどでひたすら情報を見ていると、『初めまして』な気がしない、というのはオンラインあるあるだと感じる。
オンラインで知り合っていて、「ああ、〇〇さん、やっと会えましたね」というよりも、もはや「久しぶり!」という印象になってしまう。
これは今の令和時代における人間関係構築の『あるある』なのだろう。
オンラインで完結する社会と、アナログな学校現場
オンラインで人間関係を構築していくと、会ったことがないのに企画ができてしまったり、プロジェクトが進んでしまったり、なんなら完遂してしまったりすることが往々にしてある。
※実は文科省委託の地域とともにある学校づくり2022、2023も会ったことがない人同士で進めたプロジェクトである。会ったのは当日のみだ。
しかし、学校現場ではそれがほとんどないのだ。
会ったことがないのにプロジェクトが完遂するということは、ほぼない。
なぜかというと、やり取りが紙ベースだったり、「一度会いましょう」という形で、校長の許可をもらわなければならないためだ。
何かしらの理由で実際に会わなければ物事が進まない、ということが多々あるのだ。
オンラインだけで完結することは、学校ではほとんどない。授業で外部の人が電子黒板に顔を映し話してもらう、という形以外ではあまりないだろう。
そう考えると、学校は本当に今の時代に合っていないのかもしれない、と感じる。
通信制の学校でも、レポート提出などで学校に行かなくても良いことはあるが、結局、最低週1回は『スクーリング』には行かなくてはならない。
それが単位認定に必要だから、という理由で定められているのだが、もっと良い方法はないのだろうか、と考えるべき時期に来ていると思う。
今後、バーチャルオフィスのようなものが通信制を皮切りに導入されていくのであれば、そうしたことも普通になるだろう。
「スクーリングはやらなければならない」と言っても、それがバーチャルオフィスで行われる形になれば良いのではないか。
結局は、テストに合格していれば良い、つまり『身についたことの証明』ができれば良いのだと僕は考えている。
単位や評定をつけるのであれば、それさえあれば良いのではないか、と思うのだ。
そう考えると、今の社会活動や社会教育の現場では、オンラインが全く当たり前の世の中になっているのに、学校教育になった途端、「絶対に会わなければならない」「絶対に紙でなければならない」「判子を押さなければならない」といった旧態依然とした慣習が残っている。
もう、そうしたことはやめようではないか、と強く思う。
いつまで古い時代に縛られているのか。これは非常に『価値が落ちる』ことだと感じたのが、今回の堀下さんとの一件だった。
それにしても8年越しの初対面は、とても面白かった。

そして、別れ際に言われた一言がこれである。
「次に会うのは8年後だね」
時をかける少女的な何かかしら?(笑)
いいなと思ったら応援しよう!
全力で教員支援の活動を無償で行っています。記事の購入代や、クリエイターサポートで応援していただけると本当に助かります!
どうぞ、応援よろしくお願いいたしますm(_ _)m