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【気がつけば女一人旅】 九州・四国編 その35 熊野磨崖仏

 こんにちは。金沢はこのところ、ずっと雨モードです。湿気がすごい…

 それでは、九州旅行10日目、国東半島バスツアーの続きをどうぞ。

 前回はこちら。

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 ツアーの4ヶ所目は、前回から引き続き、豊後高田市にある熊野磨崖仏です。

「磨崖仏」とは、岩壁に直接彫られた仏像のこと。日本では平安時代から全国各地で作られたと言われていて、そのうち6割から7割が大分県に存在するそうです。

 その数はなんと、約90ヶ所! そんなに?? 約400体もの磨崖仏が大分県で確認されているのだとか。日本にそういうものがあることすら知りませんでした。

 そういうわけで、磨崖仏を実際に観るのは初めてです! 今回のツアーの中で一番楽しみにしていました。

 バスを降りる前にガイドさんが言いました。

「荷物はなるべく置いていってね。日傘も持たないで。持ってる余裕なんかないから。サウナに入ったみたいに汗びしょりになるわよ。」

 そんなに…? さあ、どうなるのでしょうか。

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 入口の手前では、杖を借りることができます。無料です。ガイドさんが「杖は登る時よりも降りる時に役に立つから」と仰っていましたが、私は両手が空く方が良いと思ったので、借りませんでした。

 ちなみに、ここではガイドさんの同行はありませんでした。その理由は後で分かります。

 入口から少し進むと、トレッキングコースのような道が延びていました。

 小川が流れていて、新緑が美しい。木の枝葉によって直射日光が遮られているので、トレッキングにはちょうど良い。暑いけれど、こういう道なら苦にはならないなと思いました。

 しばらく歩くと「磨崖仏まで200m」の標識がありました。参加者の中にはヒーヒー言っている人もいましたが、路面は歩きやすいので、そんなに大変ではありません。

 石造りの鳥居に着きました。この鳥居の上部にも台輪がありますね。吊るされたしめ縄が「ここからは聖域だぞ。覚悟して入れよ」と言っているような気がします。

 さあ、これが伝説の「鬼の階段」です。

 以下、ウェブサイト『日本遺産 鬼が仏になった里くにさき』より引用。

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 熊野磨崖仏に続く自然石を乱積みにした石段には鬼が積んだという伝承が残されている。かつて集落対面の岩峰に見える洞穴に棲んでいたとされる鬼は村人たちを食らう悪い鬼であった。ある日、熊野権現は鬼の過ちを改めるため、熊野社に参拝するための石段を一夜で100段積み上げることができれば、今までの鬼の悪さを許すという約束をしたのである。しかし、鬼はその腕力でいとも簡単に石段を積み重ねていくので、驚いた熊野権現は鶏に体を変化させて、コケコッコーと鳴いたそうである。鬼は慌てて逃げ出し、杵築市山香の立石で力尽きたと言われている。

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 権現(ごんげん)とは、仏教の仏や菩薩が「仮の姿」で現れたものだそうですが、その仏様が鶏の鳴き真似をするって、可愛くないですか?(笑)。

 そして、それで簡単に騙されてしまう鬼も何だかコミカル。相当ワルな鬼だったら、ニワトリの鳴き声なんか無視して「そんな約束は聞いてねぇぞ!」と無茶苦茶なことを言って暴れだしそうなものですが、案外いい人だったんですね(笑)。

 いやいや、笑っている場合じゃない。この石段、100段が完成する前の1つを残して鬼が力尽きたということですから、99段あります。かなりキツいです。まず勾配が急。垂直とまでは言わないけれど、それに近い。

 スカートの制服を着たガイドさんが同行しない理由が分かりました。ヒールのついた靴でこんな石段はとても登れない。

 私は普通のスニーカーで来ましたが、ここは登山靴でもいいかもしれません。滑りやすいサンダルなどはご法度。危険です。

 形が不揃いで丸っこい石も多いので、足を滑らせないように注意が必要です。

 だって途中はこんな感じですよ。今は手摺りが設置されてるからいいけど、昔の修行僧はどんなに大変だったことでしょう。

 私は年齢の割にスタスタ歩く方だと自負しています。でも、ここでは普通の階段のようにテンポよく上がっていくことはできません。石を一つ上がりきったら、その次はどの石を登ったらよいのか、注意深く考えながら進む必要があります。

 右足、左足でやっと石一つ。これを繰り返す。右足、左… おっと! バランスを崩しそうになり、ヒヤッとする。

 集中、集中! 余計なことは考えない。

 滑って転ばないように。考えることはそれだけ。老後のこととか、将来のお金のこととか、今日の夕飯に何を食べようか、ということすら考える余裕がない。ある意味、雑念なんか吹き飛びます。

 後から振り返ると、この状態こそが巡礼なのではないかと思いました。もちろん有名な聖地へ辿り着くことが巡礼の最終目的なのでしょうが、こうして自分の足で歩いて、体の動きに集中することで心を真っ白にする。これが巡礼なのではないかと。

 石段を登りきる少し手前、左側にある広場のようなところに着きました。とても静かです。

 この説明によると、熊野磨崖仏は、藤原時代末期、養老2年(718年)に作られたと推定されるそうです。

 こちらが「不動明王」です。

 高さは約8メートルもあるので、とても大きいです。先ほどの解説のとおり、柔和なお顔が他の石仏には見られない特徴なのに、周囲の樹木が成長していて、その優しい表情が少し隠れていたのが残念。

 その右にあるのが「大日如来」で、高さは約6.8メートル。

 少し奥まったところにあるため、風雨による影響が少なかったのか、こちらの方が輪郭はくっきりと残っています。特に頭部の彫り込みが細かく、岩に彫ったものとは思えません。

 これを作るのに、一体どれくらいの時間がかかったのでしょうか… 

 一説では、仁聞菩薩(にんもんぼさつ)が造立したと伝えられているそうですが、まさか一人じゃないですよね? チームで作業していたんですよね? これだけ大きい石仏ですから、足場を組む必要もあったと想像します。

 近くの山中には「御所帯場」と呼ばれる作業時の宿泊所跡もあるそうです。合宿みたいにみんなでワイワイやっていたのかな? そうであってほしい。電気もないし、野生動物に遭遇する危険もあったでしょう。そんなところに一人で何ヶ月も、もしかしたら年単位で過ごしたのかと思うと、そのことの方が尊敬に値します。

 それとも、仁聞菩薩にとっては、この石仏の制作そのものが祈りだったのでしょうか。先ほどの石段を登っていく時のように、ひたすら石を穿ち、体を動かすことで雑念が消えていく。作業環境などは大した問題ではなかったのかもしれません。

 そこから更に石段を登っていくと、熊野権現神社もありました。しかし、私はここでは何も願いませんでした。何だかもう、祈りは終わっているような気がしたからです。石段を一つ一つ登ってきたことで大量の汗をかき、心が「無」のような状態になっていたので、特に何かを願いたいという気持ちにはならなかったのです。そのため、写真も撮っていませんでした。

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 登ってきた石段をまた慎重に一つ一つ降りてバスへ戻ると、運転手さんが笑顔で「はい、おかえり〜」と出迎えてくれて、ひんやりする大判のウェットシートと、ミルク味の飴をくださいました。運転手さん個人のお気遣いだそうです。

 汗びっしょりで火照った体がひんやりシートで生き返る〜。現世に戻ってきたという感じです。

 再びバスが走り始めました。車窓の外には穏やかな田園風景が広がっています。空の青と田んぼや山の緑。私は北陸の出身なので、米といえば北陸や東北だと思い込んでいましたが、九州も米どころなんですね!

 ミルク味の飴を口に入れて、車窓を眺めながらぼんやり考えました。あの99段の石段のことです。

 私があの石の一つ一つを登って無心になれたように、もしかしたら鬼たちも石段を作り上げる過程で心がまっさらになっていったんじゃないのかなぁ。素直な心になっていたので、鶏の声ごときにびっくりして逃げ出してしまった。鬼なんだから、約束なんか反故にしてイチャモンをつけることもできただろうに、そうはしなかった。

 勝手な解釈ですけど、私はそんなふうに感じました。不思議なパワースポットでした。

(続きます)

 

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