生理休暇を初めて使った日。30代女性が社会人8年目で出した申請
うちの会社の勤怠システムには、休暇の種類を選ぶプルダウンがある。有給、半休、慶弔、在宅勤務への切り替え。その並びの中に「生理休暇」という4文字が、たぶん私が入社したときからずっとある。
社会人8年目。一度も選んだことがなかった。
存在は知ってた。新人研修で就業規則の説明があったとき、さらっと読み上げられた記憶もある。でも、それを実際に選んでいる人を見たことがなかった。少なくとも私の見える範囲では、あの項目は「あるけど、押さないボタン」だった。
私の場合、生理は重い月とそうでもない月の差が大きい。軽い月は正直、ほとんど何も変わらない。でも重い月の2日目は、鎮痛剤を朝イチで飲んで、効いてくるまでの1時間をやり過ごして、そこから普通の顔で仕事をする。低気圧と重なった日は、鎮痛剤が効いてもどこか頭に膜が張ったみたいになる。
それでも休んだことはなかった。出社日なら在宅に切り替えて、画面の前で丸まりながら働く。どうしても無理な日は有給にする。申請理由の欄には「私用のため」って書いて。
嘘ではないんだけど、正確でもない。あの欄に本当のことを書かなかった理由を、ちゃんと言葉にしたことがなかった。
思い出す場面がある。営業補佐だった24歳くらいの頃、重い日に出社したら、隣の席の先輩に「顔色悪いけど大丈夫?」って聞かれた。私は反射で「ちょっと寝不足で」って答えた。心配してくれた人に、わざわざ別の理由を差し出した。あのときの自分に悪気はなくて、ただ「そういうものだ」と思ってた。体調の種類によって、言っていいものと言わないほうがいいものがある、って。誰に教わったわけでもないのに、ちゃんと仕分けできてた。その仕分けの上手さこそが、たぶん一番根深いやつだった。
・
今年の6月の終わりに、レポートの数字を1桁間違えた。
月次の集計で、私が出した数字がひとつずれてた。すぐ気づいて直せたから実害はなかったけど、見返したらその日は「鎮痛剤を飲んで在宅に切り替えた日」だった。実は5月にも似たような小さいミスをしてて、それも同じ条件の日だった。
私は数字とか出来事をノートに記録する癖がある。去年から仕事のログも簡単につけてるので、ためしに1年分をさかのぼってみた。「たぶん生理でパフォーマンスが落ちてた日」に印をつけたら、12日あった。
12日。ほぼ1年で2週間ぶん、私は「調子が悪いことを隠す」という仕事を、本来の仕事に上乗せしてやってたことになる。
隠して働くほうが、結果として仕事に穴を開けてる日がある。数字にしてみたら、そう認めるしかなかった。
・
7月の2週目の水曜、朝6時に目が覚めて、今日は無理だとわかった。
その日は出社日だった。いつもなら在宅への切り替え申請をして、ベッドとデスクを往復しながらなんとかする日。でもノートの「12日」を思い出して、スマホから勤怠システムを開いて、プルダウンをスクロールした。
「生理休暇」の上で、指が少し止まった。8年ぶん止まった気がする。
押した。
上司からの返信は「了解です。お大事に」だけだった。10文字ちょっと。20秒くらいで既読がついて、それで終わり。
拍子抜けした。8年間ためらってきたものの正体は、この10文字だったのかって。
その日は昼まで寝て、15時ごろに起きて白湯を飲んで、ゼリー飲料を食べて、また少し寝た。罪悪感が完全に消えてたとは言わない。夕方、天井を見ながら「今ごろ会議どうなってるかな」って一瞬考えた。考えたけど、Slackは開かなかった。
その夜、少し回復してから「生理休暇 取得率」で検索した。厚生労働省の調査だと、取得したことのある人は1%を切ってるらしい。100人いたら99人が、私がやってきたのと同じどれかの方法で、どうにかしてるということになる。数字を見て、自分のためらいが個人の性格の問題じゃなかったことだけは、はっきりわかった。
翌日は普通に出社した。仕事は1日ぶんずれてただけで、崩れてはいなかった。誰にも何も聞かれなかったし、私からも特に説明しなかった。それでよかったんだと思う。
・
ここからは、あとになって整理したこと。
うちの会社の生理休暇は無給になる。有給が残っているなら、有給で休むほうが金銭的には「得」。だから今までの私には「わざわざ選ばない合理的な理由」もあった。
でも今回、あえて生理休暇の項目で出したのは、記録に残るからだった。
使われない制度は、数字の上では「必要のない制度」になる。誰も使わなければ、「うちの会社では困っている人はいない」ことになっていく。私が8年間、有給と「私用のため」でごまかしてきた分は、会社のどの統計にも存在していない。
私の1件は、たぶん人事のどこかのデータで「1」になった。それだけといえばそれだけなんだけど、ゼロと1は全然違う。
それと、私は今、後輩の勤怠を確認する側の立場でもある。自分が承認する画面の向こうで、もし後輩が同じプルダウンの前で指を止めてたらと考えたら、ちょっと居心地が悪くなった。「使っていいよ」って口で言うのは簡単だけど、上に立つ側の誰も使ってない制度を、下の人が最初に使うのは難しい。私が8年ためらったのと同じ計算を、私より若い人に毎月させることになる。だったら、先に使うのは私の側だなと思った。
この話を先週、大学時代の友達にした。そしたら彼女の会社では、生理休暇の名前自体を別の呼び方に変えたらしい。申請画面に生理という言葉が出ないようにして、そこから取得する人が増えたって。いい工夫だと思う一方で、名前を隠さないと使えない制度って何なんだろうね、という話にもなった。結論は出なかった。隠せることで救われる人がいるのも本当だし、隠さなきゃいけない空気が問題の本体なのも本当で、たぶんどっちも正しい。
母にも電話のついでに聞いてみた。母の世代は「あったけど、言い出せるものじゃなかった」そうだ。30年経って、私はやっと1回使った。進んでるのか進んでないのか、よくわからない速度だなと思う。
もうひとつ気づいたのは、「隠して働く」が自分の基本設定になってたこと。誰かに隠せと言われたわけじゃない。でも、使った人を見たことがない場所では、自分が最初の1人になるコストを毎回計算して、毎回「今日はやめとこう」を選んでた。そのコストを払い続けてたのは私で、払わせてた相手の顔は、はっきりとは見えない。
こういうとき、私は大きな声を出すより記録に残すほうを選びたい。感情は伝わらない場面でも、数字は残るから。
・
あれからの変化は、地味だ。
軽い月は普通に働く。それは変わらない。変わったのは、重い月に選べるカードが1枚増えたこと。「隠して耐える」しか持ってなかった手札に、「休む」が正式に加わった。
あと、もし後輩に「あれって使っていいんですかね」って聞かれたら、「私は使ったよ」って言える側になった。誰かの最初の1人を見たことがあるかどうかって、たぶん想像よりずっと大きい。私は8年間、それを見られなかった側だったから。
毎回使うかは、正直わからない。無給だし、締切の都合もあるし、体調がしんどい日にわざわざ何かを背負う義理もない。休み方くらい、その時の自分が決めればいいと思ってる。
ただ、「選べるのに選べない」と「選ばない」は、まったく別のものだった。そこの区別がついたことが、今回いちばん大きかった気がする。
次にあのプルダウンを開くとき、指はもう止まらないと思う。
