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【友人編|ep56】振り返らなかった背中

前回の話



あのLINEから、二ヶ月が経っていました。

季節は巡り、
息子は中学三年生になりました。



このクラス替えで、
Mちゃんの息子くんと離れることを、
私は心から祈っていました。

受験生となるこの一年は、
進路説明会などで学校へ行く機会が増えます。

出席番号が近い私たちは、
保護者席でも前後になる可能性が高いと
分かっていたからです。



迎えた始業式。

願いも虚しく、
二人は同じクラスになりました。

それを聞いた瞬間、
目の前が真っ暗になるような感覚に
襲われました。



進路説明会当日。

私は友人のSちゃんと待ち合わせをし、
ランチをとりながら作戦を練っていました。

「Mちゃんはきっと、
開始ギリギリに来ると思う」

「だから、早めに行って席に着いておこう」

「もし声をかけられても、
“久しぶり”だけ言って終わらせよう」



そんなふうに、
起こりうる状況をひとつひとつ確認しながら、
張り詰めた気持ちで会場へ向かいました。



けれど、
会場に入った瞬間、息がとまりました。

いつもは遅れてくるはずのMちゃんが、
もう席に座っていたのです。



(……どうしよう)



動揺する私に気づいた息子たちが、
無邪気に手を振って私を呼びます。

私は心臓の音を押さえ込むようにしながら、
彼女のすぐ後ろの席に座りました。



彼女は、
私が来たことに気づいているはずなのに、
前を向いたまま微動だにしませんでした。

想定外ではありましたが、
私は努めて平静を装い、
息子と話し始めました。



すると、
前の席に座っていたMちゃんの息子くんが、
私に話しかけてきました。

彼は私と話しながら、
何度も、自分の母親の方を見ています。

まるで、
なんとか会話の中に母親を入れようとしているように。



けれど、
Mちゃんは振り返りませんでした。

何度、息子くんが声をかけても。



その時でした。

ふと、
彼が一瞬だけ、
泣きそうな顔をしたのを、
私は見逃しませんでした。



十年近い付き合いの中で、
私は彼が泣くところを一度も見たことがありません。

負けん気が強く、
いつも明るく笑っている子でした。

その彼が今、
折れそうな心を必死に堪えている。



説明会の間、
Mちゃんは一度も振り返りませんでした。

ただずっと、
下を向いていました。



帰宅した息子が、
ぽつりと教えてくれました。

「あの間、
Mちゃんずっとインスタ開いて
DMしてたよ」



……なぜ。



どうして、
隣にいる息子くんの声には
応えられないんだろう。



その日の彼女のインスタグラムには、
こう綴られていました。

『世界の恵まれない子供の笑顔のために』



その言葉を見たとき、

説明会の会場で、
必死に母親へ話しかけ続けていた
息子くんの姿が浮かびました。



私には、彼が
かつての自分に重なって見えました。

救いを求めても届かない。

そこにいるのに、
いないもののように扱われる感覚。

私は、それを知っていました。



この日、私は確信しました。


本当に、
変わってしまったんだ。



私が大好きだったMちゃんは、
もう、どこにもいない。



私は、
Mちゃんとの関係を断とうと決めました。



けれど。

ただ消えるのではなく、

私らしく、
私自身の言葉で終わらせよう。



そう、心に決めました。

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