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あれから20年①【カウントダウン】

 目指せスーパースター。蕎麦宗です。

 卒業の季節。学校は勿論のこと、テレビも番組改編などでスタッフや出演者の交代を卒業に見立て、さよなら特番のようなものが目に付く。

 ちょうど20年前の2001年、教職に就いてやりたかったことが夢物語でしかなく、現実との狭間に揺さぶられ続けて退職を決心した。
 当時は28歳。まだ随分と若かったし、世の中のことを全く知らないただの夢見る理想家だった。とはいえ、狭き門をくぐり抜けて教職員や公務員になった人が、定年を待たずして途中で職を辞することはほぼ無い。今時分ならともかく、20年前には奇人変人でしかなかった、
 辞めた後にも随分と悪い作り話をウワサされたので、特に教職員として現場に残っている父親には嫌な思いをさせたと思う。念のために言っておくが、女子高生のスカート覗いたわけでも、学校の金を使い込んだわけでもない。
 夢破れ、未来に可能性を感じないから嫌になって辞めただけ。

 そんなこともあって、この面倒臭がり屋が最後の最後に一度だけ学級通信を出した。その時のエッセイは今もとっておいてある。      
 2020年のコロナ禍の【覚悟】という文章にも書いた内容同様で、正直言ってあまり言ってることが変わりない。進歩がないのか?はたまた貫いているのか。まぁ、それはどちらでも良しとして載せておくことにしよう。   
 若い人達の心に、少しでも何かが灯ったなら良いなって思います。

エッセイ『カウントダウン』

  一年生が終わりに近づき*13ホームルームのクラスで過ごす日もあとわずかだなぁと、5日・4日・3日などと数えていた。

 そういえば一昨年も今年も2000年だとか21世紀だとかで大晦日の年をまたぐときに、芸能人と一緒にはしゃいでいる人たちがテレビに映っていた。なぜだか知らないけれど、みんなカウントダウンには興味を覚えるらしい。
 それはロケットの発射のように緊張感を伴うものもあれば、デートが近づく前の日のように期待に胸ときめくもの、がんの宣告を受けてあと僅かなんてのもある。いずれにしても時が流れることがもどかしかったりやるせなかったりする。

そんなことを考えていたら、去年の夏の出来事を思い出した。
 …夏休みに入り、仕事も暇なのか家でごろごろしている父親を見て

『ほんとしょうがねぇなぁ」

などと思っていたところへ、親戚の叔父が遊びに来た。
 7月いっぱいで定年退職をして、伊豆旅行に来た途中だと言う。酔っ払って楽しそうに話す笑顔が、日々充実していることを物語っていた。で、改めて親父は『しょうがねーなぁ』と思ったが、よくよく考えてみると定年まであと5年だ。
 それまではどう過ごすんだろう。ましてや定年後はどうやって生活するのだろうと少し心配になってきた。

『親父はどうすんの?』

『ああ』

と、歳をとって少しだけ小さくなった父親の背中が頷くだけだった。

 …もう一つは、教員サッカーの全国大会で熊本に行ったついでに、といってもずいぶん遠かったが、結婚の報告をということで義母の実家(つまり妻の祖父母の家)がある宮崎へ行ってきた時のこと。
 景色も伊豆と大差なく方言で言葉がよくわからないのを除けば、明らかにここは日本だな〜と安心できた。捻挫で歩けず憂鬱だったけれど、みんなが余計に親切にしてくれるので妙に落ち着いて過ごしていたら、瞬く間に5日ばかりが過ぎた。
 その最後の日の帰り際、祖父と祖母が高鍋駅まで見送りに来てくれて

『静岡からは遠いけんどまた来んと!』

と何度も言っていた。いいところだからまた来たいなと思ったけれど、新幹線を使っても20時間位かかる。

『ほんと遠いよな』

と話す寝台特急の向かいの座席で、妻が半ベソをかいていた。

『元気なうちにまた来れるかな?』

その言葉にはっとした。
 確かに『*また来んと!』の『また』は一体いつになるのか。祖父と祖母の年齢を考えれば、ひょっとしたらどちらかが亡くなった葬儀の時かもしれない。
  皆、年老いていく。ちょっぴり寂しくなった車窓の日向灘に、

『また来んと!』

の言葉が、何度も打ち寄せていた。

 人が時間という決して遡ることのできない流れの中で暮らしている以上、必ず何らかの形で区切りをつける時がやってくる。
 それは卒業や定年のように、社会の仕組みとして作られたものだったり、自分の命が尽きると言うことだったりするけれど、いずれにしても誰もがいつか迎えるもの。『定年』へのカウントダウン、『死』へのカウントダウン。どちらも、自分にとっても、もう始まっていること。

 早かれ遅かれいつかは迎えるその時。そう考えたら、この一年をどう生きるか、今日1日をどう過ごすのか、ということが大切になってきた。
 せめて自分の人生に満足して終われるように、一生懸命期待を込めながらカウントダウンしようと思う。

  2001年3月13日  山川 宗一郎

*13ホームルーム…僕が最後に担任をしていた1年3組。今でも一度学級名簿を見れば、全員の顔と名前が一致する自信がある。

*また来んと…また来てねという意味の宮崎弁


#教職員 #カウントダウン #辞める #生きる

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