覚悟
このコロナ騒動の中、何を伝えたら良いのだろう。
体の弱ったご老人を抱えた壮年夫婦や、幼き子供を抱えた若き父母に、ウイルスの特性や感染の実態を冷静に論理的に話したところで、まったく耳には届かないだろう。ならば、その気持ちに寄り添って背中をさすり頭を撫でるように、優しく不安に耳をそばだてるしかないのか。
ウイルス拡散防止と弱者保護のためのバランスを欠いた過度な行動自粛。それを否定する発言は、世論の袋叩きにあう。かといって言動を制限すればするほど窮屈になり、気持ちや経済は停滞し、全員が共倒れになるリスクもある。すでに電車の人身事故は増え、多くの命が失われている。
『この世相の中で伝えるべきは何なんだろう』
僕は、今、必要な言葉は『覚悟』だと思っている。
誰であっても人はやがて《死》ぬ。致死率は100%。不老不死も永遠の命もない。そして、80・90歳まで生きることは当たり前のことではなく、あなたに10年後が来るのかは誰も知らない。もちろん僕に明日があるのかだってわからない。
けれど、皆、当然のように明日があり、10年後が来て、80歳・90歳まで生きていると思っている。その期限を前提にやりたいことも我慢して、やるべきことも先延ばしして生きている。それ、本当に生きているって言えるのかな。
多分、誰しも生きてるだけで迷惑だ。加えて、どこかで誰かの命を奪うかも知れないリスクを背負いながら暮らしているはずだ。でなければ車なんて運転出来ないし、ホームの端っこは歩けない。
つまり、いずれにしても、自分と他者の《死》とはいつも背中合わせに隣り合わせに生きている、ということだ。それをしっかりと抱えて生きることが『覚悟』だと思う。
だから、あなたはあなたがやりたいようにすれば良い。
守るのも戦うのも人生。享楽も我慢も人生。人それぞれ。どんな風に生きたって、僕は責めないし、誰かに言われるなら庇おう。出来るだけたくさんの人たちが、楽しく嬉しく笑顔でいられますように。
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくれてありがとう。少しはお役に立てたかな⁉︎。聞きたいことあったら、ぜひ質問くださいな。もし楽しい気持ちになれたなら、ほんの少しだけ応援ヨロシクです。