エキタグ!!神鉄・緑が丘編〜古代のシリコンバレー?シビレ芸者の花が咲く〜
エキタグです。
エキタグとは、駅のデジタルスタンプのことです。
今回は神戸電鉄(略して神鉄)の
粟生線・緑が丘駅です。
眺めておいてください。
沿線で言うと、この辺です。

駅の近くに雄岡山・雌岡山という標高240メートル位の山があるらしく、地元の方は運動がてら毎日登る方もいるそうです。
憶測で物を言う集団の末裔ですが、おそらく
このエキタグは、雄岡山・雌岡山でのハイキングを表しているのかなあと思います。

(ここからお話はヒッタイトと芸者に飛ぶよ。)
雄岡山・雌岡山から少し離れた所に、シビレ山という山があり、この三つの山を「神出の三山」と言うらしいです。(※ちがうよ、シビレ山じゃなくて別の山だよという諸説もあり。)
伝承によると
スサノヲと嫁(奇稲田姫/クシナダヒメ)がかつて降り立った場所らしいです。
沢山の子(神)を生み、農業・薬の技術を人々に広めた場所だとか。だから神が生まれる。神が出る。「神出(かんで)」という地名だとか。
他にもこのふたつの山を遠くから見て、
「子牛の角」に見えたから
「男牛(おご)」と「女牛(めご)」だとか。
又、シビレ山のシビレとは、
鉄の神もしくは、
鉄関係の専門用語だとか。
ヒッタイトかよという心のつぶやきは、
ここだけのお話にしておいてください。
鉄といえばヒッタイト。ヒッタイトといえば鉄と遠い頃に覚えました。
ちなみにシビレゲイシャ(痺れ芸者)は、
文明という意味らしいです。
(※それを言うならシビレゲーション(/シビライゼーション/civilization)だろうという真っ当なご指摘は心の中に閉まっておいてください。)
スクロールして頂くと下の方に地図がありますが、
駅に最も近いのが雄岡山です。
その次に近い雌岡山の山頂には
「神出神社」というのがあり、
その近くに裸石神社と姫石神社というのがあるらしく、かの有名なネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲(石)があります。
スサノヲとクシナダヒメにとっては「スウィートホーム」だったと思います。(※銀魂用語と杉田智和氏用語です。試験には出ませんので覚えなくて大丈夫です。)
飛鳥の石舞台古墳のような。仏教が伝わる前の土着の信仰というか、巨石の信仰があったのかなあと思いました。
後述の「志染の石室」といい、石というか。巨石文明の何某かが、かつてあったような気がしないでもないです。(れっつ・憶測)
もしくは、それだけ大きな古墳(お墓)を作り弔われるような権力者とか。
こちらは駅前の地図です。
現在地は右上の赤字です。
その隣に雄岡山・雌岡山があります。
駅から少し離れて付いている◯は、前回志染駅編にてなんとな〜くおしゃべりした『どちらがおけで、どちらがをけか分からない最古のタッチ』こと兄弟皇子の伝承が残る『志染の石室』です。

上の駅前写真では雄岡山・雌岡山側の地図が切れちゃったので。なんとなく、こんな感じです。

池もあるらしいです
駅前です。
写真にはありませんが、
バスのロータリーがありました。

ヘビーユーザーでも新規(神姫)バス。
Patch adams。

〜憶測で物を言う集団の末裔による”憶測トーク“〜
一応神戸(兵庫県)だし。海が近いし。
地政学的にシーパワーだが、山(森)があるし。
渡来系の人がやってきて、金物技術を教えたとかではないのかなと思ったのですが。
(※今回訪れた「緑が丘駅」のある場所が兵庫県三木市です。エキタグ神鉄編の冒頭に出てきた「三木(駅)」「小野(駅)」は、それぞれ「アバカスの珠」と「金物」が有名です。技術が輸入された経緯を、憶測で言っているだけですので真に受けないでくださいね。)
海近で、金物が名物になるということは、
もののけ姫のタタラ場みたいに
何かにつけての焚べる木(薪)がいるからなのかなと。
誰かがそれ(技術)を教えに来たとしたら。
それって、海からじゃないの?
あと作った物や材料を、輸送や輸入しやすいのは
これもまた海じゃないの?⋯と。思っただけです。
真相は、調べ出すと古代史になっちゃうので、やめました。止まらなくなるだろうなあと思ったので。
(⋯そう言いながら少し調べると、摂播五泊という兵庫県内に五つの港を開いた、何とかと言うお坊さんがいるそうです。やがて時代が流れて、清盛ちゃんがさらにアップグレードさせて海外と貿易をしたそうです。その名も日宋貿易。
その何とかと言うお坊さんが整備する前から「何となくその場所が使いやすいからしれっと使っていました」的な感じで。歴史の教科書にはなりませんけれども、どうも。こんにちは。渡来人だすと海からやって来たり、堺からやって来たりしていてもおかしくないなあなんて。思っていました。もとい)
また雄岡山からシビレ山へ向かう途中に「シラキ峠」という峠や、
「呑吐ダム(どんどだむ)」というダム、
「つくはら湖」という湖があるらしいです。
呑吐ダム⋯なんか字の羅列がやだなあ。
二日酔いになって、次の駅でシジミ(志染)を欲してそうです。
どうやら、かつてこの場所にあった「呑吐の滝」から来ているそうです。
滝の落ちる勢いが激しくて、「水を呑み込み、また吐き出すように見える」ことから名付けられたらしいです。
ちなみに
このエリアは「山田錦(日本酒の最高級米)」の産地としても超有名です。
そんな二日酔いになるまでのプロセスを上手いこと繋げなくてもいいのになあと思いました。

こちらは改札口です。
改札口付近に熱いコーヒーを提供する所があれば、それは野口五郎さんらしいです。
(はっ?今日どうした。※まともに目を通さないでください。)

駅の構内です。

又、シビレとかシラキとか。
北海道のアイヌの言葉っぽいなあと思いました。
確か、緑が丘も北海道にもあるらしいですし。
しかしこれは、関係ないようでした。

(※雰囲気で言っております。)
ちなみに。ここまでずっと憶測で物を言っておりますが、特にここから徒然することは、あくまでもわたくし個人が(そう思った。もしかして〜だったりして。)という憶測です。
そんな信憑性のないフェイク徒然や、ファンタジー憶測をそのまま信じたり誤った理解をしないようにお願いいたします。
何故ならそう。ホツマツタエの話をするからさっ。
古事記の記と、日本書紀の紀を重ねて『記紀』と言いますが。その『記紀』とは異なる古代史の文献のことを古史古伝といいます。
その中の一つにホツマツタエというものがあります。
色々あって、偽書とされているホツマツタエですが、古事記とホツマツタエと、この緑が丘周辺の土地を重ねてみるとこんなことも言えます。

雄岡山と
雌岡山のこの土地が
スサノヲと嫁(奇稲田姫/クシナダヒメ)がかつて降り立った場所で、
沢山、お子(神)を生み、農業・薬の技術を人々に広めた場所だから、
神社の名が「神出(かんで)神社」であり、この辺りの地名が「神出(かんで)」と呼ばれているのだとしたら。
そのスサノヲとクシナダヒメの
お子の中には、うんちゃん我慢大会の敗退者・後の大国主(オオクニヌシ)がいます。
『うんちゃん我慢大会』とは、つい。誰かに話したくなるような。魅力的でそれでいて小学生のような謎のゲームです。大国主はそのゲームに負けてトイレの神様に。それはそれは歓迎されます。(神様のお話に別の神様を入れてこないでよ。訳:お粗相をします。大歓迎です。)
そのゲームの対戦相手が、一寸法師のモデルとも言われるナビスコみたいなお名前の、スクナビコナという小さい神様です。こちらはこちらで道後温泉に言い伝えが残るファッションセンスの疑わしい神様です。
「子供扱いしないでよ。ちっちゃいけれどいっちょ前」こと、知恵と技術のスペシャリストで、伝説のコンサルタント。大国主のバディ。相棒で言えば、杉下さんか亀山くんか。それはあなたの好みにお任せします。神戸くんでもいいよ。(もうお黙りよ。長いんだからさ、)
ナビスコ(スクナビコナ)は、
お薬の神様兼、お酒の神様兼、温泉の神様です。
お酒は元々お薬の目的もあったので。
温泉も治療目的かもしれません。
Dr.スクナー診療所もしくは、
Dr.ビコナー診療所の名残が全国に転々とあります。
今回の神鉄沿線ではありませんが、
薬問屋が立ち並ぶ道修町という界隈には、確かビコナーをお祀りする「ちっちゃいけれどいっちょ前」にマキロンよりも有名な神社があります。
(※そうさ。言いたいだけです。)
序に言うと、今回のエキタグの旅で後々訪れることになる有馬温泉は、ビコナー先生が見つけたとされております。(次から次へとおかしなあだ名を付けるのおよしよ。)
Dr.ビコナーとオオクニヌシが、小さい神と大きい神で旅をしている時にそれは起こります。
ビコナーが、
「我慢対決をしよう。僕は道中(小さい身体で)全ての荷物を背負って歩く。そしてどこまで重さに耐えられるか。君は、君で僕が荷物持ちをして歩く間、 隣でうんちゃんをどこまで耐えられるか。試してみてくれ。我慢対決だ。さあ勝負だ。」
⋯という謎の。(それは一体誰が得をするの)という、略しても略さなくても「誰得」な我慢対決をし、どう見ても大国主の方が負けた時の代償が大きいのに、そんなゲームに興じ。トイレの神様に愛されるという結末を迎えます。(その表現やめい)
あと今更ですが、
オオクニヌシは、ポケモンの進化よりも、源氏物語の登場人物よりも、名前がコロコロと変わるのでここではずっとオオクニヌシとしておきます。
ホツマツタエでは、大国主とは役職名であり代々の世襲制の屋号とされております。
初代 大物主: スサノヲ(ソサノヲ)自身
二代 大物主: クシヒコ(いわゆる大国主)
三代 大物主: コモリ(クシヒコの息子)
話を戻します。
雄岡山・雌岡山にてクシヒコ、つまり二代目大国主が生まれたとして。
その後の旅の行き先は、因幡の白兎編を経て、
壊滅的なファッションセンスのDr.スクナビコナーと弥次喜多珍道中をし、うんちゃん我慢大会の大敗の果てに。
行き着く先は奈良の三輪山です。
つまり、今回エキタグをした兵庫県三木市「緑が丘」駅の付近にある雄岡山・雌岡山のある神出から、奈良の三輪山へ、うんちゃん我慢大会の敗退者は移動をしております。
(その言い方やめたげてよ。覚えやすいけどさ)
日本最古の神社と言われている、
三輪山の大神神社は、この
うんちゃん我慢大会に大敗した、オオクニヌシ(の魂)を祀る場所であり、同時に「そうめん発祥の地」です。三輪そうめんの三輪です。
そして、今回訪れた三木市のお隣、たつの市を中心とする播州地方もまた、日本最大のそうめん産地です。揖保乃糸です。
オオクニヌシ縁のこのふたつの地にて、しれっと、つるっと。なめらかに。
お素麺が有名というのも何か意味があるのかなあと。
地形的に作るのに適していたのと、
そんな”細麺“の技術(小麦の加工技術)を
誰かが伝えたとしたら。
金物とアバカスと”細麺“と。
そんな高度な技術を伝えて根付かせたのもまた渡来系の人かなあと。思っただけです。
ちょっと都市伝説っぽくなっちゃったので、
まともなことを添えると一応、
お素麺は奈良時代に遣唐使により持ち帰ったものらしいです。元の形は現在私達が知る物とは異なり、「ねじねじした形」の索餅と言われるものです。
貴族の保存食として作られた索餅の形が、まるで中尾彬巻きとか、DNAとか。
出雲大社のしめ縄に見えなくもないなあと。
せっかく作ったんだから、なるべく日持ちしますようにと縁起を担いだ形にしたとしてもおかしくないなあと思いました。
あと一般的に言われる歴史の流れとしては、
お素麺は江戸時代に三輪から播州へ伝わったというのが定説です。
あとアバカスの珠も秀吉が、三木合戦(ハムの人ではない方の別所さんと戦ったのよ。前々回のエキタグにて、三木駅のエキタグに平井山本陣があった。あれ。)の後、復興支援の為に各地から職人を呼び寄せて、その時滋賀県からアバカスの職人を連れてきたというのが定説です。
あと、憶測ついでに言わせてください。
ドラッグストアの「ダイコクドラッグ」って、
うんちゃんこと大国主(後の大黒天)と薬⋯つまり、オオクニヌシとスクナビコナのことなのでは?
などなど書いているうちにふと思っただけです。
これはあくまでも憶測トークで
正史ではありませんが、
オオクニヌシが神出から三輪へ移った歴史の裏で、もしかしたら細長い麺を打つ技術のような、
「シビレ芸者」こと「文明」も一緒に移動をし、華やいだのかなあと。シビレ芸者が花開いたのかなあと思いました。


あそびました。


おわり(^o^)
続きはこちら。
前回 アサリではない方の志染編〜

エキタグ記事纏めました。
マガジンにもしました。

