「ギタリストの右手」 【第1回:エリック・クラプトン】
ギターの世界において、「ギタリストは右手だ」という文句はほとんど「文は人なり」と同じ響きをもつ。ギターを弾くときには、当然右手と左手の両方を用いる。多くは左手で指板を押さえることで音が決められ、右手で弦をはじくことで音が鳴る。つまり、「ギタリストは右手だ」というときの手は、弦をはじく方の手である。
両手を使って奏でる楽器であるはずなのに、なぜ左右の非対称性が生まれるのか。それは今説明したことからわかるように、左手はあくまでどの音を鳴らすかを決める、準備段階に過ぎないのであって、実際に音を鳴らすのが右手だからだ。ギタリスト各人の個性、出音は右手に宿るというのが、先の文言の意味するところである。
もちろん、ギターを弾く身ならこれにはいくらか不平をこぼすべきである。準備段階といっても、弦を押さえるのと弦をはじくのは同時の出来事であって、そのシンクロナイゼーションこそが最も重要なのではないか、と。これは当然受け入れられるべき不平である。しかし、ここでそのクレーマーには一つ問いを投げかけておきたい。ギターの弾き姿、そして出音とを鑑みたときに、どこに最も相関する個人差があらわれるだろうか。もちろん答えは他でもない、「右手」である。
古今東西、音楽批評やギタリスト批評は多くあるが、意外にも「ギタリストの右手」に注目したものは少ない。本当のところ、ギタリストにとって最も重要な点は、ギターを携えたときの「構え」と、そのギターを弾く「手」および「指」の美しさ以外には何もない。音楽を趣味にする人間はかえってこの点を見逃しがちである。彼らが挙って話題にする「音」や「フレージング」などはそのあとでついてくるものに過ぎないというのに。
僕がこれから試みたいのは、内容以前の文体論になぞらえることのできるであろう、ギタリストの音色(ねいろ)以前の「右手」の批評である。記念すべき第1回目を飾るのは、僕が最も影響を受けたギタリスト、エリック・クラプトンだ。
1. エリック・クラプトンと手

私見では、世界中のギタリストで最も美しい右手を持つのが、Eric Clapton御大である。人びとはクラプトンが偉大だというときに、Blues Breakers時代のレスポール×マーシャルの組み合わせの発明だとか、Cream時代の途方もないインプロヴィゼーションだとか、愛すべき親友ジョージ・ハリスンの嫁を略奪するために作ってみせたあの「Layla」(および同名のアルバム)だとか、はたまた長年のアルコール中毒からの回復途中に彼を襲った「息子の死」を歌う「Tears in Heaven」(およびそれが収められたアルバム『Unplugged』)だとかいった具合に、思い思いのクラプトンを主張するだろう。
しかし、これらは本当のところを何もつかんでいない。クラプトンが真に偉大なギタリストであるのは、他でもなく彼の右手の所為である。彼が後年、ギタリストという枠にとどまらず、ポピュラリティを得たのも右手によるところが大きい。実際にクラプトンがソングライターとして人気を博すようになったきっかけの『Unplugged』はMTVの企画であって、映像とともに流布したことを忘れてはならない。それまではライブに足を運ぶ若年層の女性を卒倒させるにとどまっていた「あの」右手が、ついにテレビの前の婦人方の妄想をも掻き立て始めたのだ。
思えば、彼の異名は「Slowhand」だったではないか。この名付けには、たとえば彼のあまりに速い指さばきが逆にスローモーションに見えるからだとか、弦交換中のテンポの遅い手拍子からきているだとか、いくつかの説が蔓延っている。しかしこの際、「slow」が何を意味するかなどはどうでもよい。重要なのは、人びとがクラプトンに愛称を与えるときに「hand」の語を用いたことである。
2. エリック・クラプトンの左手
では「手」始めに、彼の手全体を見てみよう。まず注意すべきは指の長さと太さだろう。非常に端正で繊細であることがうかがえる。本論のメインテーマからずれるが、じつはこのことは左手に顕著である。というのも、写真からわかるように、右手というのはピックを持つなどするから基本的にすぼまった形にならざるを得ない。指の美しさという点では、左手を見るのが適当である。そうすれば、クラプトンに特有な、怜悧かつ流暢に指が繰り出されるさまをありありと見てとることができるだろう。
ギターの本来的な弾き方(それはクラシカルなギターやジャズギターに見られる)では、親指はネックの背面にあてる。そのため、われわれオーディエンスの目には(表側しか見えないのだから)親指を除く4本の指が蜘蛛か何かの脚であるかのようにニョキっと生え出たさまが映る。

このスタイルはこのスタイルで官能的なところがないではないが、やはりクラプトンには到底敵わない。クラプトンたち、ブルースを出自に持つギタリストは親指をネックの背面ではなく、上部に引っ掛ける。だからクラシカルなスタイルのように4本の指を同時に平行的に指板側にもってくることは不可能である。彼らは代わりに、4本の指をその都度その都度繰り出さなければならない。そしてその繰り出すさま、およそ30度から40度という比較的鋭利な角度をつけて斜めに繰り出すそのさまが、クラプトンにおいて当代随一の美しさなのである。
3. エリック・クラプトンの右手
そろそろ右手に取り掛かろう。クラプトンの右手を分析するにあたっての格好の資料がこのインタビュー映像(↑)だ。50秒付近から再生してみてほしい。
まず全体的な感じとして、丁寧さと落ち着きのようなものが見てとれるだろう。これは一体どこから来るのだろうか。
ギタリストの右手において、(弦をはじく人工爪であるところの)ピックをつまむのは基本的に親指と人差し指であって、この二本の指の力加減が音色を決めているといって過言ではない。たとえば、部屋に飛び込んできた小さな虫を外につまみ出すためには、潰さないように、しかし同時に取りこぼさないように、と非常に繊細な力の調整を要することを誰もが知っている。ギタリストの親指と人差し指に必要なのもこれと同様の緊張関係である。クラプトンの二本指にはその妙があり、それを可能にするのが、程よい膨らみの蕾を手中に収めているかのような彼の手の「フォルム」である。
さて、繰り返すようにギタリストの右手において、親指と人差し指はピックを挟むが、それ故に残りの3本は実務上用無しである。しかし、クラプトンの右手の美を語るうえでは、それら3本の果たす役割も到底見逃せない。彼の中指、薬指、小指は自由奔放に暴れまわるわけでも、反対に強く握り込むわけでもない。親指と人差し指の作り出す緊張は先に見たように非常に繊細である。残りの3本がプレッシャーを与えては、彼らは慄き固まってしまうし、また素知らぬ顔をしては、いじけて職を放棄だってしかねない。クラプトンの3本はその中間地帯に絶妙なバランスを保ちながら位置している。初めに述べた、彼の右手の丁寧さと落ち着きとは、お茶をいただくときの、湯呑を右手でそっと取り上げ、底に左手を添える、あの気品に近い何かである。
次に(これは左手でも話題になったが)角度の問題がある。ここで角度という場合には大きく分けて3つの種類がある。一つ目に弦に対する右手全体の角度であり、二つ目に弦に対する高さともいうべき角度であり、三つ目に弦に触れるピックの角度である。これらは実際のところ、立ちと座りの画の差異を見ればすぐわかるように、姿勢やストラップの長さによって変化しやすい。とくに腕全体(とりわけ肘の位置)が重要になる、一つ目の角度がそうである。しかし、それでも共通点を見出すことは可能だ。クラプトンにおいてそれは、腕全体から指先に至るまでの自然なストリーム(流れ/連続性)である。
ギタリストの右手の角度(3種類すべてに共通)を決める最大の要因は手首である。われわれ人類の腕は、まず肘、そして手首という2か所の大きな関節と、各指3か所の小さな関節をもつ。腕全体から指先に至るまでのストリームというときに重要なのは、これらの関節の動きに他ならず、ギター演奏の性質上、肘は一定程度曲げざるを得ないことは決まっている。そして、指については先に見たように極めて繊細な問題が絡んでいた。だからストリームというとき、注目すべきは手首なのである。この手首の使い方によって、右手の角度はさまざまに変化可能なのだ。
そして、クラプトンの手首の程よい柔らかさは、肘から指先に至るまでのせせらぐ小川のような流れを実現している。彼の肘に水を垂らせば、人差し指の爪の先まですうっと流れて行くことは誰もが想像できる。

手首は上の図のような二つの可動方向性をもつ。手の甲の側↔ひらの側に曲げる、背掌屈動作と、親指の側↔小指の側に曲げる橈尺屈動作である。ギター演奏において、背掌屈動作は先の分類でいえば二つ目の角度、すなわち弦に対する高さともいうべき角度にかかわり、橈尺屈動作は主に三つ目の角度、すなわち弦に触れるピックの角度にかかわる。たとえば掌屈がちの手なら、弦に対して打点高めに接することになるし、尺屈がちの手なら、弦に対してピックは角度をつけて接することになる。
要するにクラプトンにおいては、掌屈も背屈も、橈屈も尺屈も、手首の関節の動きにおける一切の無理と無駄が排されているのである。それが彼の右手の洗練された自然なストリームを可能にしている。もし彼が物取りだったなら、その犯行には誰も気づくことができないだろう。いや、わざわざ物取りになぞらえる必要もない。たとえばハンバーガーショップで隣の席のポテトをつまみ食うという所業はクラプトンにとって朝飯前のはずである。そこで手首などが異様な動きを見せたなら、隣の客は察知できるのだろうが、クラプトンの場合、空気抵抗も少なく横からすうっと手を伸ばして取り上げるだけなのだから。
復習しよう。クラプトンの右手の美とは、まず親指と人差し指の生み出す巧妙な緊張関係であり、次に残りの3本の指の気高き振る舞いであり、最後に驚くほど自然な手首の動きであり、翻ってそれらすべてを支えるクラプトンが生まれもった手と指の華麗さである。そして繰り返すように、クラプトンはこれらの特徴を備えた右手によってこそ偉大なのである。
次回はジミヘンかレイヴォーンあたりでお会いしましょう。思ったより大変といえば大変だったから少し先になるかもしれないけれども。ギターマガジンとかはこういうことを書いた方が面白いんじゃないのかなと思ったり思わなかったり。あんまり読んだことないから知らないけれども。
あ、そういえばこんなふうな記事(↓)もあるのでよければついでにどうぞ!
